横山哲夫先生(1926-2019)はモービル石油という企業の人事部長をお勤めになる傍ら、組織において個人が如何に自立するか、組織において如何に自己実現を図るか生涯を通じて研究し、又実践をされてきた方です。先生は、キャリアコンサルタントに対して個人が人生を通じての仕事にはお金を伴うJOBばかりでなく、組織に属していようがいまいが、自己実現のためのWORKがあるはずであるという鋭い分析のもと数多くの研究成果を出されてきております。
―国際化の方向と一致する目標管理
MBOは外国人との共存共働下における人事管理、人材育成の場、つまり、異文化間に共有されるにふさわしい特徴を持っている。目的合理主義、個別性、具体性、能力育成、評価の客観性などがそれである。外国進出の日本企業、日本在住の外国系企業はこの視点をもっと重視すべきであろう。個別化への道程にまだ多くの問題を有する日本企業、集団目標達成へのチームワークを不得手とする外国企業、両者の考えるべき現実的目標管理は個別目標と集団目標の併設であろう。ところで、高度成長下の第一次MBO導入に失敗した日本企業からは、新しい目標管理の実践体験について学ぶべきものは少ない。あるのは失敗体験へのいましめである。一方、原産地の米国では、概念はともかく、実施上の多くの困難さ、不徹底さから目標管理に反対の立場をとる実務家も少なくない。すべて、対決を意に介さない米国では、多くの実践経験をめぐる賛否、対立の論議がつづけられ、その中から本格的、実践的MBOの体験が豊かになりつつある。多民族国家、米国での経験は、わが国の急速な国際化の方向の中でのMBOの本格的な導入と実践に大いに役立つ。21世紀に、わが国にも本格的な復活と根づきをみせると思われるMBOへの期待は、これらの米国における実例をみるにつけても大きくふくらむ。当面は、米国の実践体験に依存しつつ、一刻も早くわが国の実務家の勇気ある試行錯誤を通じて新たなる目標管理の発展をみたいものである。
出典 個立の時代の人材育成 横山哲夫 生産性出版 2003年
人材の育成は仕事を通じてなされるのが王道だといわれます。一人ひとりの人材が、具体的な仕事を通じて自己の特徴(アイデンティティ)をつかみ、自分らしく成長します。MBOはまさにその土壌と枠組みを提供しています。その土壌と枠組みは、個人目標と集団目標の併設を弾力的に行なうことによってさらに本格化し、定着していきます。横山さんは大手企業のMBO導入を手伝った経験を次のように綴っています。
―目標管理 – M社の体験
概念の簡潔さに対比させて、目標管理実践上の困難さに何度か言及した。20年余の実践と、絶えざるMBO教育の積み重ねを経たM社にしても、その理解と実践上の徹底度は100点満点で70点ぐらいなものであろう。まだ完全ではないのかとの声も上がるかもしれないし、よくそこまですすんだという見方もあろう。M社自体はなお80点程度までの徹底度を期しながら、現在一応の満足感は持っている。その満足感は、同社のMBOが、総合的で個別(立)的な人事制度の体系の中で、核心的な位置を占め、他の主要な人事管理、人材育成のプログラムとのかなりの連動があり、相乗効果が得られているとの手応えから来ている。
事実、 この20年来の同社の人事戦略は、ラインによる個別人事とMBOを核に、全社的、総合的な個別(立)人事政策を展開することにあった。MBOに先んじて試行中であった自己申告制度、自由応募形式の留学制度、全社的統制と決定のためのキ ャリア開発会議、人材の発掘・確認と育成プランのためのキャリア開発委員会、個立促進のための自己開発ワークショップ、進路相談と職務適応のためのキャリア・カウンセリング などが相次いで導入された。また、個別管理の直接責任者としてのライン管理者の役割責任の自覚はとりわけ重要であるので、マネジメント・トレーニングに合わせて、人事管理・人材育成を主要テーマとするラインのための集合研修が、OJTと併行して実施されていった。出典 個立の時代の人材育成 横山哲夫 生産性出版 2003年
どんな制度でも完全は望めません。その制度自体の完全性の追求にこだわりすぎるのは実務的には賢明ではありません。新制度が落ち着くまでの混乱や、一時的な能率の低下はある程度必要経費として割りきる考え方も必要です。ライン管理者が個別管理(育成)上の責任と権限を持つべきであるとするなら、その執行上の誤ちも認めなくてはなりません。誤ちを減ずるようにするには、絶えざる教育と忍耐によるラインの自覚の向上と、他の関連制度との連動による相乗効果の創出をはかることがよいのです。けっして執拗にラインの責任を追及、非難することをしてはいけません。目標管理そのものが導入時に思うようにすすまなくとも、ベクトルを均しくする関連プログラムを併行してすすめていけばうまくいくようになるのです。
(つづく)平林良人