キャリアコンサルタントに有用なお話をしたいと思います。横山哲夫先生(1926-2019)がいたモービル社では、主要ラインの長(役員)を委員とする会議をトップが招集し、各種の人事資料を基にして幹部職位の後継可能者の一人ひとりについて論議をつくし、多面評価と育成プランの検討を行なっていました。この人材育成会議は、同社ではトップの交替にかかわらず継続されており、席上決定をみたプラン以外の異動、昇進、教育、配転が行なわれることはめったにありませんでした。密室や派閥の人事とはまったく無縁の年次定例会議が丸々二日間人材育成のみを討議する会議として全社員に周知されていました。モービル社はまた、例年、別の時期に、全部長、全支店長をトップの名において招集し、若年層を対象として実績と将来性予測にもとづく、個別の育成プランを決める会議を開いていました。この会議もまた、昼夜二日間にわたる人材の確認と育成にしぼられた合宿会議でした。
モービル社の事例が知れ渡ると大手証券会社の中に、モービル社の幹部後継者育成会議と類似する会議を開く例が出てきました。また、大手チェインストアであるK社では、モービル社をモデルとし育成会議のみならず人材開発委員会(役員、ライン部長で構成)の発足にまで、一気に踏みきっています。
敢えてくりかえす。わが国の大方の企業のトップマネジメントは、人材育成をロで強調する割には、具体的な事実で示していない。事実とは、第一に、将来の指導者たるべき人材が、できるだけ早い時期に見出され、次いで当人の意思の確認と、組織側の責任者のコンセンサスのもとに、ローテーション、プロモーションを含む具体的な育成プランを推進するシステムの構築などを明確に指示する行動をとっていない、という事実。第二に、トップ自身が、自ら人材育成そのもののための会議を招集、参加し、あるいは人材育成に熱意を示す部下幹部の努力を讃えるなどして、人材育成がトップの重大関心事であることを身を以て示すことをしていない、という事実である。逆にまた、人材流出の責任を間うことなども、トップのヒトへの関心を示す一つの手だて(事実)であろう。
第一にあげたシステムづくりには準備、整備に時間がかかる。トップが現状の体勢のままでも直ちに断行できるのは、第二にあげたアクション、すなわち、従来トップがやらなかったことを実際にやってみせることである。その行動が、組織内に新たな連鎖反応をひきおこす起爆剤となることは間違いない。
出典 個立の時代の人材育成 横山哲夫 生産性出版 2003年
横山先生はトップがダメなら人材育成はできない、などといっていません。革新の先頭をきるべき人事教育スタッフや社長室スタッフが、個立の時代の人材育成についての認識を深めると共に、ライン(の長)の協力を得れば、トップの大号令を抽き出すことができることを言っています。スタッフ自身の戦略的変身の姿勢が、トップとラインに大きな影響を与えるとも言っています。
(つづく)平林良人