横山哲夫先生が2019年6月に逝去されてもう5年経ちました。
先生には多くの著者がありますが、今回はその中からキャリアコンサルタントが知っておくと良い「個立の時代の人材育成」-多様・異質・異能が組織を伸ばす-の核となるところを紹介したいと思います。
最近、人的資本の開示義務、JOB型人事など日本の会社においては終身雇用制度から新しい人事制度への脱皮がいろいろな場面で議論されています。
いままでの制度では、
ⅰ)最先端の知見を有する人材など専門性を有する人材が採用しにくい、
ⅱ)若手を適材適所の観点から抜てきしにくい、
ⅲ)日本以外の国ではジョブ型人事が一般的となっているため社内に人材をリテイン(保持)することが困難、との危機感が日本企業から提示されていました。
「キャリアは会社から与えられるもの」から「一 人ひとりが自らのキャリアを選択する」時代となってきました。職務(ジョブ)ごとに要求されるスキルを明らかにすることで、従業員が自分の意思でリ・スキリングを行え、職務を選択できる制度に移行していくことが重要になっています。そうすることにより、内部労働市場と外部労働市場をシームレスにつなぐことができ、社外からの経験者採用にも門戸を開き、従業員が自らの選択によって、社内、社外を問わず労働移動できるようにしていくことが、日本企業と日本経済の更なる成長のために必要であるとしています。
横山先生は40年前から同様な概念を「個立の時代の人材育成」の中で説いています。
―人事部門の新職務価値―
個別管理実践上は脇役にまわる人事部門の新たな職務は、経営戦略スタッフとしての人的資源管理である(第5章参照)。人事部門の新たなプロフェッショナルな役割への専任は、その職務価値の低下を意味するものであってはならない。激変の時代の経営戦略スタッフとしての専門性は、高く評価されるものであることをトップは明言してやる必要がある。ひたすら組織・順応型社員を集め、育て、事務的な横断統制を人事管理と勘違いし、人事管理の専門性を失ってしまっている向きにあっては、人事権のライン移行は絶好の反省の機会である。真のプロフェッショナルとしての出発の門出を早く迎えたいものである。―独裁型トップと人事教育スタッフー
トップ独裁型の組織(創業社長、カリスマ的トップ、同族経営など)で、個別・個立管理にトッ プの支持が得られた場合は、制度革新、新制度導入の絶好のチャンスである。好機逸すべからず、いくらかやりすぎ気味に革新をすすめた方がよい。形を先に作って後から魂を入れるぐらいに考えてよい。21世紀を見通したヒトづくりに燃えるスタッフの働きがいというものであり、変な遠慮はいらない。
しかし逆に、個別・個立化の具体化にワンマン、トップの支持が得られない場合は、人事教育スタッフが組織と人の活性化にいかに情熱をたぎらせていようと、そのやり過ぎ、独走は会社のためにも自分のためにも大きな傷を残しやすい。スタッフにできることは、個別化・個立化の方向に沿った小さな、ごく小さな実績を地道に忍耐強く積み上げて行くことだけである。スタッフにとっては暗いトンネルの時期であるが、頑迷なトップといえど時代の息吹きはいつかは感じざるを得ないだろう。灯りがさしたときに備えて、この時期の辛抱と努力は欠かせない。個別化・個立化の流れに沿った人事施策で、頑迷なトップといえども拒絶し難いものがないわけではない。例えば、自己申告制度(第9章参照)がある。無理解なトップに対して、この制度の核心理念である自律性、キャリアの自己確立の面についてことさら触れる必要はない。「社員が自分を活性化するために、どんなことを考えているのか。それを知るための申告制度です。」といえばよい。いかに自己中心の集団主義大好きのワンマンでも、いちがいに反対はしにくかろう。事実、500人以上の企業の半分以上がこの制度を導入しているといわれるのは、保守的な、集団優先の風土の企業でも「まあこれぐらいはよかろう」ということにしているせいであろう 。簡単な自己申告制を導入したら、次にはこれと連動しやすいなにか別の簡単なプログラムはないかと考える。学者や評論家と違い、人事・教育の実務家はこうした現実的アプローチに苦心しかつ、その実現に働きがいを感ずるものである。熟練した実務家は暗黒の時代には終わりがあること、その終わりの時期を早めるためのコツがあることを知っているものである。―バランス、舵とり型トップ―
問題はあっても行動力のあるワンマン型トップより、ひたすら部門間のバランスをとり、調和(実は単なる妥協)一辺倒の、不決断型トップの方が問題は大きいかもしれない。協調最重視の保守的企業ではとかくこういうトップの方が人気がある。ただし、人気があるのは中高年幹部、管理者の中だけであって、企業の将来を託すべき個立型ヤングには嫌われること間違いない。大手の知名度にまどわされて入社してしまった個立群は1,2年のうちに、個立を求めて退職する。これはもう誇張でもなく、おどかしでもない。個立型ヤングを育てる土壌を作らない企業は人材難に陥ることになる。組織・順応群(企業の知名度があればわけなく集まる)のみを採用して、肝心のヒトのいないことに気がつきもしない企業は、今から10年後ないし20年後、21世紀初頭に激変の時代の有能な幹部の不在を思い知らされることになるだろう。ヒトの問題はモノ、カネに比べて緊急性が少ないから打つ手が遅れがちになる。遅れさせるのはトップである。有能な人事教育スタッフは、ワンマントップ以上にバランス型トップへ働きかける手だてに苦しむことが多い。私の提言は一つしかない。人事革新のために味方になってくれそうなラインの長との緊密な協力関係の構築である。ーラインの長の協力は不可欠
マネジメントの意思決定のスタイルがトップダウンであろうと、ボトムアップであろうと、あるいはまた、単なる勢力バランスの維持であろうと、個別・個立化による組織の活性化を目指す人事・教育スタッフの最も意を用うべきことは、ラインの長の支持、協力の獲得である。とくに主要ラインの長(販売会社にあっては販売部長、メーカーなら製造部長または工場長、事業部制をとっている会社なら主要事業部長)の支持、同意のあるなしは組織の活性化の成否にかかわる。フォーマル、インフォーマルに人事・教育スタッフの長はこれらのラインの長と密接な連携を保ち、要求される情報は惜し気なく提供し、心からの協力を求めるべきである。協力が得られにくい場合もあろうが、ラインの長の中には、人事管理・人材育成の問題に比較的強い関心を寄せる人物が必ず何人かはいるものである。この人達を突破ロにするとよい。また全社的な制度改訂に踏み切れない事情がある場合には、これらの友好的なライン部門でまず個別化、個立化への道の試行のステップを踏むことも実務的には有効である。
いずれにしても、ラインの長を味方に引き入れる努力をスタッフが惜しんでいては、新しい展開は期し難い。とくに、人事管理・人材育成にホンネの理解を示さないようなトップの下にあっては、ラインの長の協力が組織活性化の最大の鍵と知るべきである。
これができない人事部長は、これができる人事センスのあるラインの長と交替してもらうしかないと思う。 出典:横山哲夫著「個立の時代の人材育成」
日本企業の競争力維持のため、ジョブ型人事の導入を進める方向がはっきりしてきました。従来の我が国の雇用制度は、新卒一括採用中心、異動は会社主導、企業から与えられた仕事を頑張るのが従業員であり、将来に向けた自己啓発(リ・スキリング)が活きるかどうかは人事異動次第であり、従業員の意思による自律的なキャリア形成は行われにくい制度でした。個々の職務に応じて必要となるスキルを設定し、スキルギャップの克服に向けて、従業員が上司と相談をしつつ、自ら職務やリ・スキリングの内容を選択していくジョブ型人事に移行する方向に動き出しました。
他方で日本企業といっても、個々の企業の経営戦略や歴史など実態が千差万別であることに鑑み、自社のスタイルに合った導入方法を各社が検討できることが大切です。内閣官房の研究会では、「JOB型人事」を先行する企業の実践を紹介する形で指針として発表しています。
(つづく)平林良人