キャリアカウンセリングの理論は、学者・研究者の立場やアプローチの違い、あるいは歴史的な流れによって分類できますが、分類の仕方が人によって異なります。この点を踏まえつつ、キャリアコンサルタントに必要であると思われる職業選択の代表的な理論を紹介します。
1.マッチング理論
ヴォケーショナル・ガイダンスの創始者ともいわれているF.パー ソンズの理論です。パーソンズはその有名な著書『Choosing A Vocation(職業の選択)』で、合理的な職業選択は、
①自分の興味や能力や性格などの諸特性を明確に理解し、
②さまざまな仕事や職業に関する的確な情報や知識を習得し、
③この2つについての合理的な推論を基にマッチングを行うこと、
としています。
この理論は、「人間には個人差があり、職業には職業差がある。両者をうまく合致させることは可能であり、それが職業選択である」 というもので、特性・因子理論とも呼ばれ、いわばキャリア支援活動の出発点ともいえる理論です。
一般職業適性検査(GATB)などのさまざまなテストや検査、職業分類、職務分析などのツールの大部分は、この理論を基に開発されています。
一方、あたかも雄ネジと雌ネジとがピッタリと合うかのごとく適合関係(ペグの理論)を強調しすぎていること、人と職業の関係を固定的にとらえていること、成長プロセスへの考慮が足りないことなどの限界も指摘されています。
2.意思決定理論
職業選択は職業に関する意思決定の連鎖的なプロセスであるという理論です。キャリアコンサルタントは、この理論には複数のモデルがあることを知り、共通している点を理解しましょう。
①個人の特徴や職業・学習上の必要要件よりも、意思決定していくプ口セス(選択していくプロセス)を大事にする。
②個人が仕事に対して抱く期待はさまざまであるが、これらの期待が個人のなかで相互に作用していくことの重要性を強調し、「何が達成できるか」が職業選択の鍵となると仮定する。
③個人が持っている信念や自己効力感の重要性を強調する。
という点です。A.バンデューラは特に③を強調する立場です。H.B. ジェラットは意思決定要因を重視する立場を代表する1人で、連続的意思決定モデルは有名です。また、意思決定のプロセスを重視する立場の1人であるT.J.ヒルトンは、認知的不協和を意思決定プロセスに応用したキャリア意思決定モデルを提唱しています。
一方の期待理論は、モティベーションに関する理論です。職業選択を意思決定の連続とみなして、V.ヴルームやE.ローラーのように意思決定を促す力は期待と誘意性と道具性の3つから生まれてくるとする考え方です。
3.社会的学習理論
社会的学習理論は、J.D.クルンボルツらが主張している 「人は自分の環境との相互作用のなかで、長期にわたって積み重ねられた経験をとおして自分の好みを学習する」 という考え方に代表される理論です。キャリアコンサルタントは、意思決定理論と状況・社会学的アプローチを統合したもので、職業選択は学習の結果であることを理解しましょう。
クルンボルツらはキャリア選択に影響を与える要因を4つあげています。
1つめは基本的な生来の諸特質と特殊な能力(人種、性、身体的条件、知的能力など)、
2つめは環境的諸条件とできごと(家族状況、 雇用条件、社会政策、地理的条件など)、
3つめは学習経験(モデリングなどの連合的経験、何かを使った強化学習などの道具的経験など)、
4つめは課題解決スキル(問題解決能カ、労働習慣など)です。
4.精神力理論
S.フロイトの精神分析に基づく理論です。もっとも古典的な理論とも言われる考え方で、
①人間を動かすのは意識的な自我ではなく無意識である。
②①の力は多くの場合に性的なエネルギーである。
③人間の行動は、無意識のエネルギーと意識的な超自我との力関係としてとらえることができる。
④③の力関係のパターンは幼児期の親子関係のなかで決定する。
という考え方を基本としているものです。現在は、無意識より自己を重視したり、本能より社会的存在としての人間を重視したり、多くの理論に分かれていることをキャリアコンサルタントは知っていると思います。
以下に、フロイトの精神分析に基づくアプローチの代表的なものとして、A.ローとJ. L.ホランドの理論を紹介します。
●A.ロ―の理論
精神分析をベースにパーソナリティ特性と職業分類とを関連づけて、職業やキャリア発達を説明した理論です。
それは、
①パーソナリティの個人差は、親の養育態度によってもたらされる。
②①は個人が遭遇する人的、物的環境との相互作用に依存している。
というものです。そして、親の養育態度を情緒型、拒否型、受容型に分類し、パーソナリティの個人差と職業選択とを関係づけています。この理論はすべて実証されているわけではありませんが、職業選択における家族の心理的影響や親子の欲求充足のメカニズムがキャリア発達に関係があることは否定できません。
●J. L.ホランドの理論
ホランドの理論は、職業選択やキャリア発達の要因として、個人の行動スタイルや人格類型に着目する人格類型論の流れをくむ理論で、人間は個人的特性と人的・文化的・物理的環境との相互作用の結果としてできあがるものであり、人間は社会的・環境的課題に取り組む独自の方法を身につけるというものです。そして、個人と環境をそれぞれ6つの類型に分け、その類型が同一であることによって、調和的相互作用がより安定した職業選択をもたらすとしています。
この理論の特徴は、①個人のパーソナリティは現実的、研究的、社会的、芸術的、慣習的、企業的という6つに分類される。
②環境も個人のパーソナリティと同様の6つに分類される。
③人間は、自分の持っている能力が生かされ、役割や課題を引き受けさせてくれるような環境を求める。
④個人の行動はパーソナリティと環境との相互作用によって決定される。
というものです。
しかし、ホランドはパーソナリティにしても環境にしても1 つに分類にできるとは考えず、2つか3つの類型を組み合わせることによって個人についても環境についても理解を深めることができると主張しています。
キャリアコンサルタントは、この理論に基づいて開発された、職業興味検査(VPI: Vocational Preference Inventory)を理解すると良いと思います。
5.社会学的構造理論
構造理論は「個人の選択や決定は環境との力動的な相互作用の中で行われる」 とするものですが、そのなかで環境に重点を置くのが社会学的構造理論です。個人のキャリアに影響をおよぼす環境は、物理的、社会的および文化的などさまざまな次元で空間的に、時間的に、また時代によって変化しながら個人のキャリアに影響をおよぼすとするものです。
U.ブロンフェンブレナーは、環境の影響を、
①家族などのミクロシステム
②家庭、学校、職場など複数のミクロシステムが相互に関連しながら個人に影響をおよぼすメゾシステム
③別のミクロシステムで起こっていることが間接的に影響をおよぼすエクソシステム
④文化、国家、社会的規範などのマクロシステム
という4つに分類しています。
6.キャリア発達理論
特性・因子理論や精神力動理論は適職が個人によって異なる理由を明らかにしようとするものです。意思決定・期待理論は選択する対象が何であれ、個人がどのように選ぶかに焦点をあてるものであり、社会的学習理論は適職に表れる個人差は個人の所属する集団によって形成される部分を重視していると言うことができます。これらの理論に共通しているのは、「個人にはより適した職業あるいは職業領域がある」という仮定に立っている点です。
一方、キャリア発達理論はキャリア選択行動そのものに関してはこれらの理論をふまえつつも、生涯にわたるキャリア発達の解明に焦点をあてています。キャリア選択を選択時点に限定するのではなく、幼児期に始まり、生涯にわたって繰り返される選択と適応の連鎖のプロセスという点を強調しています。
就学状態から就業状態への移行は個人の人生上でもっとも大きな移行(キャリア・トランジション)ですが、発達的視点に立てば、この移行期のみならず、ある職業から別の職業へ、同じ職業の中でもある仕事から他の仕事へ、雇用状態から失業状態へ、あるいは雇用状態から引退へと、人生の中で何回も遭遇する移行期において、主体的な選択と意思決定を繰り返すことによって個人は生涯、発達(成長)し続けるという仮定に立ちます。そして、それらの移行期において積極的・建設的に選択と意思決定を実践していくと同時に、それぞれの時点で起こっている社会的、経済的な外圧に対応するために、自分にとって重要なもの、価値を置くものを変化させながら、向き合っていかなければならないということをも意味していることになります。
E.ギンズバーグらは職業選択には長い年月を通して発達過程があることに着目し、理論化したことで有名です。
ギンズバーグらは1951年に、
①職業選択は一般的に10年以上もかかる発達的プロセスである。
②上記①のプロセスは非可逆的。
③上記①のプロセスは個人の欲求と現実の妥協をもって終わる。 と発表しました。そして、職業発達プロセスを、空想期(11歳以下)、試行期(11~17歳)、現実期(17~20歳代初期)という発達段階を経るものと考えました。
この理論はその後何度も再構築され、プロセス、非可逆性、妥協という概念は修正されましたが、「職業選択は、生涯にわたる意思決定のプロセスであり、それゆえ、個人は、変化するキャリア目標と職業の世界の現実との適合をどのようにするか、繰り返し再評価することになる」 という発達的視点は変わっていません。
職業的発達段階説やライフ・キャリア・レインボーで有名なキャリア発達理論を代表するスーパーは、キャリア発達理論を「キャリア行動に関する発達心理学」と呼んでいます。
スーパーの職業的発達段階説はギンズバーグの発達理論、C. ビューラーの生活段階に関する理論、R.ハビーガーストの発達課題説などを取り入れて構築されたものです。スーパーはキャリア発達モデルの精緻化に努力し、その理論の軸となる職業的発達の命題として示しました。それは順次改訂され、当初1953年の発表時には10項目で構成されていましたが、1990年には14項目に増えています。さらに、スーパーは成人期のキャリア発達に焦点をあて、「我々は生涯を通して、多様な役割を同時に複数の舞台で演じている。役割は相互に作用しているので、1つの役割で成功すれば他の役割でも成功し、逆に1つの役割で失敗すれば同時に他の役割もうまく演じられなくなっていく」 と示唆しました。
労働者等のキャリア形成における課題に応じたキャリアコンサルティング技法の開発に関する調査・研究事業 |厚生労働省
(つづく)平林良人