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前回に続き、ドイツの労働施策についてお話しします。日本とドイツは基本的価値を共有し、G7等において国際問題に対し強調して取り組むパートナーです。また、ドイツは日本にとって欧州最大の貿易相手国であり、21世紀に入って日独関係はますます重要なものとなっています。政治経済面での協力はもちろん、文化・学術分野でも市民レベルでの活動が活発に行なわれています。
■若年者雇用対策
ドイツでは若者の学校から職業への移行に際し、伝統的に職業訓練を重視しており、希望職種の訓練への参加の可否がその後の就職に大きな意味を持つことから、就労に必要な資格能力の獲得や、職業養成訓練の受講、継続を支援するための様々な施策が行われています。また、25歳以下の若者を対象に、学校から職業への円滑な移行を支援する「若者雇用エージェンシー」も近年各地で導入が進み、2023年1月時点で国内計358か所に達しています。これは2010年に連邦雇用機関と連邦労働社会省が共同で推進したイニシアチブ「若者と職業のためのワークアライアンスに端を発する支援組織で、雇用機関、ジョブセンター、自治体の青少年局の三者が運営主体となり、地域独自の雇用支援を展開しています。
■高齢者雇用対策
かつては若年失業者や長期失業者の雇用機会拡大のため、高齢労働者の早期退職が勧奨されていましたが、少子高齢化の進行により、労働力人口の減少や社会保障財源の確保が政策的課題となっています。こうしたなか、年金制度改革の一環として、「フレキシブル年金法」が2017年1月に施行されました。これにより、①年金支給年齢に達した後も就労および保険料支払いを続けた場合、年金受給額が加算される、②早期に年金を受給しつつ就労収入がある場合には年金受給額を減額しない、といった措置が実行されています。
■障害者雇用対策
雇用義務制度の対象となる障害者は、重度障害者または同等の者です。従業員20人以上の企業ごとに全従業員の5%に該当する数の障害者を雇用しなければならないことになっています。雇用義務の対象となる企業は、管轄の職業安定所に年1回、雇用義務数等のデータについて報告義務があります。雇用義務の対象企業のうち、障害者を一人も雇用していない企業が約4分の1を占めています(2020年)。政府はより多くの障害者が就労でき、就労継続できるようにするための施策を打ち出しています。障害者を一人も雇用していない企業に対する新たな納付金の導入を盛り込んだ「包括的な労働市場を促進する法律案」が2022年12月に閣議決定されました。法律案では障害者雇用率2%未満の納付金を大幅に引き上げています。
■失業保険制度等
失業等の場合における生活保障制度の大枠としては、雇用保険料を財源とする失業給付Ⅰ(社会法典第3編(SGBⅢ))および、税を財源とする失業給付Ⅱ(社会法典第2編 (SGBⅡ))がある。前者は失業状態にある就労可能な者を対象としているが、後者は後述のとおり要扶助状態にある就労可能な者を対象としており、給付水準も社会扶助(生活保護に相当)と同一である。
●失業給付Ⅰ(Arbeitslosengeld I: Alg I)(社会法典第3編)
雇用保険料を財源とする給付。
〇失業給付の支給停止(Sperrzeit)
失業者が、正当な理由なく違反行為を行った場合、行為の内容に応じて、1週間から12週間までの期間で支給が停止される。主な違反行為は以下のとおり。
・失業者が就労関係を解消したり、労働契約に違反する行為によって意図的に失業状態を引き起こした場合
・雇用機関が提供した雇用を受け入れなかったり、就労関係の開始を妨げた場合
・雇用機関から要求された求職活動等を行わなかった場合
・積極的職業統合措置等への参加を拒否した場合
〇受給要件の緩和(時限措置)
以下の2つの条件を満たし、それを雇用機関に掲示・証明できる場合、離職前30か月において通算6か月以上保険料を納付していれば、失業給付Ⅰを申請できる(2022年12月末までの時限措置)。
・離職前30か月の就労の際、おおむね社会保険に加入しており、労働契約が当初から14週間を超えない期限付きであること。
・離職前の直近12か月間の賃金が、社会法典第4編第18条第1項による基準額の1.5倍を超えていないこと。
〇部分失業給付(Teilarbeitslosengeld)
部分失業給付は、社会保険加入義務のある複数の雇用に従事していた者が、そのうちの1つを失った場合に支給される。基本的には失業給付Ⅰに関する規定が適用されるが、特別な条件として以下の通り定められている。
・社会保険加入義務のある雇用に従事し、更に別の社会保険加入義務のある雇用を探していること。
・離職前2年間において、引き続き従事する雇用とは別に、社会保険加入義務のある雇用に従事していた期間が12か月以上であること。
・給付期間は一律6か月であること。●失業給付Ⅱ(Arbeitslosengeld II: Alg II)(社会法典第2編)
就労可能ではあるが、自身の財産や収入では十分に生計を立てられない者(erwerbsfähige hilfebedürftige Personen)を対象とした給付であり、生計の維持に不可欠な最低生活水準を保障することを目的としている。2005年から施行された「ハルツ第Ⅳ法」に基づき、社会扶助(Sozialhilfe)の受給者から就労可能な層を抜き出して失業扶助(Arbeitslosenhilfe)と統合。就労能力があり、失業手当の受給資格を有さない要扶助者を対象とする「求職者のための基礎保障」制度が創設された。これが失業給付Ⅱである(社会法典第2編(SGBⅡ)に準拠する)。失業者本人(就労可能な要扶助者)には失業給付Ⅱが支給され、失業給付Ⅱの給付レベルは社会扶助と同水準である。就労可能な要扶助者が、就労可能でない要扶助者と同世帯で生活している場合には、就労可能でない要扶助者には社会手当が支給される。
ドイツ連邦政府の一般財源(税金。ただし、住居費と暖房費は地方自治体の一般財源)を基に、ジョブセンターが管理運営を行う。失業給付Ⅱをめぐっては、特に制裁措置の内容が厳しすぎるとして、かねてより制度見直しの議論が行われてきた。2021年に発足したショルツ政権も、発足当初から失業給付Ⅱの制度改革を公約として掲げていた。2022年11月下旬、給付額の引き上げや制裁措置の緩和等を盛り込んだ新たな制度「市民手当」(Bürgergeld)が連邦議会と連邦参議院で可決され、2023年1月1日から導入されることが決定した。
〇受給要件
以下のとおり、就労可能(erwerbsfähig)であること、要扶助状態(hilfebedürftig)にあることなどが要件となる。なお、失業は要件ではなく、扶助が必要な自営業者やミニジョブ従事者も支給対象となる。
a 15歳以上で、法定老齢年金の支給開始年齢未満であること。
b 就労可能(1日最低3時間の就労が可能)であること。
c 要扶助性がある(自身の財産や収入では十分に生計を立てられず、親族や他者等からの支援も得ていない状態にある)こと。
d 日常的にドイツに居住していること。
要扶助性の判断に当たって、利用可能な財産については、原則として失業給付Ⅱを請求する前に、自身の生活費に充当しなければならない。ただし、年齢1歳ごとに150ユーロ(最低3,100ユーロ、年齢に応じて最高10,050ユーロまで)の控除が認められる。老後に備えた積立金の場合には、年齢1歳ごとに750ユーロ(年齢に応じて最高50,250ユーロ)の控除が認められる。
〇給付内容
a 基準給付(Regelbedarf)
食事、衣類などの生計費に対する給付である。
b 超過給付(Mehrbedarf)
個々の受給者の特別な生活状況に配慮し、基準給付ではカバーされない内容について支給される追加的な給付。例えば妊婦の場合、妊娠13週目から、該当する基準給付の17%の超過給付を申請できる。また、ひとり親を対象とした超過給付は、子の年齢及び数によって支給額が異なる。
c 住居・暖房費給付(Bedarf für Unterkunft und Heizung)
住居費及び暖房費に関する給付で、「適切な使用の範囲内」において支給される。「適切な使用の範囲」については、各地方自治体の指針に基づいて規定される。なお2020年以降は、コロナ禍の特例措置として実費が支給されている。
d 一回限りの給付(einmalige Leistungen)
必要に応じて、一回限り認められる給付。例えば、妊娠及び出産の際に特別に必要となる物品など。
〇違反時の制裁
a 失業給付Ⅱの受給者に対する制裁の内容
比較的軽い違反(正当な理由なく、相談日にジョブセンターに来ない等)の場合は基準給付が10%減額される。無理なく従事できると判断される仕事を紹介され、正当な理由なく、その受け入れを拒否した場合などは、基準給付が30%減額される。さらに同様の違反を2回くり返すと60%の減額となり、3回目には失業給付Ⅱの請求権がなくなる(ただし、以前の義務違反による給付の減額の開始時期から1年以上経過している場合には、義務違反の再犯とはならない)。
なお現政権は制裁措置について、「市民手当」の導入を待たずにその内容を緩和する方針を発表し、議会でも承認された。これにより2022年7月1日から制裁措置の一部が停止されることとなった(2022年12月末まで)。具体的には、斡旋された仕事の受け入れを拒否する等の義務違反に対する制裁措置は実施せず、相談日にジョブセンターに来ない等の軽微な違反に対する制裁措置は継続されるものの、初回の違反では制裁を科さないものとし、2回目以降の制裁においても基準給付の減額幅は最大10%までとした。
b 制裁期間
制裁期間は一律3か月間(25歳未満は、個々の事情を考慮して6週間への短縮の場合あり)。
〇)「労働の機会(Arbeitsgelegenheit):通称「1ユーロジョブ(Ein-Euro-Jobs)」」のプログラム
失業給付Ⅱ受給者が職業生活に復帰する支援策として、公的団体や公共施設での仕事の場を提供する「労働の機会(Arbeitsgelegenheit):通称「1ユーロジョブ(Ei-Euro-Jobs)」」のプログラムがある。受給者には、失業給付Ⅱに加えて、ジョブセンターから手当が支給される。実施機関には、労働の機会の提供に際して発生した費用が支払われる。
〇)給付実績等
2021年の月平均の失業給付Ⅱの受給者数は約379万2千人、社会手当の受給者数(2021年12月)は約140万3千人であった。失業給付Ⅱと社会手当を合わせた2021年の支出総額は約156.6億ユーロである。(出典)厚生労働省 2022年 海外情勢報告