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英国の社会保障施策を紹介してきましたが、今回が最終回です。前回の続きである社会福祉制度の各概要をみていきます。英国は、ヨーロッパ最大の人口を誇る巨大消費市場やビジネスハブとしての優位性を持ち合わせており、英国政府も外国企業への投資を促進するための税制上のインセンティブを提供しています。例えば他の多くの国に比べて、法人税率が低く設定されていることは良く知られています。そうした中、英国に拠点を持つ日系企業は約960社、最も多く進出しているのが製造業で約330社です。
■メンタルヘルス
英国では、6人に1人の成人がメンタルヘルスの問題を抱えているとされ、国営の国民保健サービスを中心としてメンタルヘルス対策にも重点が置かれています。特に、若者に対する対策が特徴的であり、国民保健サービスの地域のメンタルヘルスサポートチームが、学校に通う生徒や親に対する個人面談を実施するほか、学校におけるメンタルヘルス対策の導入支援等も行っています。
■貧困対策・児童政策等
(1)貧困対策
日本の格差問題に当たる「社会の流動性」(Social Mobility)の確保という問題は政策的に高い位置付けが与えられており、分野横断的に諸般の対策が講じられている。特に、格差の再生産を抑止する観点から児童貧困の解消は大きな課題となっており、労働党政権下では、2010年までに貧困児童を半減させることを公約として、およそ170万世帯にも上る一人親世帯(25年前には約60万世帯)について、社会保障給付への過度の依存から派生する問題を解決するとの観点から、職業訓練、職業紹介の強化などを柱とした「福祉から雇用へ」(Welfare to Work)という一連の施策が実施されてきた。現・保守党政権においても、人材開発を中心とした雇用対策に力が入れられているが、それとともに、「底上げ」(Levelling Up)を1つのキーワードとした上で、担当大臣を指名し、貧困対策・地方格差是正を推進している。具体的に、2020年2月に公表された「底上げ白書」(Levelling Up White Paper)では、2020年代の政府のアジェンダとして、
①英国の全ての地域で給与、雇用、生産性を上昇させる
②全国の地域公共交通の接続性をロンドンの水準に大幅に近づける
③読み、書き、算数で期待される水準を達成する小学生の数を大幅に増加させる
④英国の全ての地域において、高技能職業訓練を成功させる人の数を大幅に増加させる等の12の目標を打ち出し、政府をあげてこの課題に取り組んでいくこととしている。
(2)仕事と家庭の両立支援策
日本の育児休業制度に当たる、出産休暇、父親休暇の付与などの施策が講じられている。保育サービスについては、公立、営利企業、非営利団体、個人等の多様な主体が、保育所(day nursery)、遊戯グループ、保育ママ(child minder)、ベビーシッター、学童保育、休日学童保育等の様々なサービスを提供している。また、早期教育については、幼稚園(nursery school)があるほか、小学校もレセプションクラスとして就学前の児童を受け入れている。2002年から、早期教育も保育も教育省が所管しており、両者の統合が図られている。幼稚園、レセプションクラスは原則半日、無料であるのに対して、保育サービスは、サービス提供の時間、場所等は多様であるものの原則自己負担とされている。ただし、3歳児・4歳児は週に15時間の無料早期教育サービスを年に38週受ける権利が確保されており、これは保育サービス提供機関でも受けることができる。なお、低所得者については、児童税額控除等により、実際に負担した保育料の一部が支給される。充実した早期教育は子どもの発育に大きな好影響を与えるため、低所得の家庭の子に早期教育を受ける機会を与えることが重要であるとの考えの下、従来3歳児及び4歳児が受けられた週15時間・年間38週の無料の早期教育サービスを、2013年9月から、所得補助の受給家庭など低所得家庭の2歳児に拡大し、全2歳児の20%が受けられるようにした。また、2014年9月には全2歳児の40%が受けられるように要件を緩和した。さらに、2017年9月からは、3歳児及び4歳児で親が就労し一定の所得がある場合、無料早期教育サービスを週30時間・年間38週受けられるようになっている。(出典)厚生労働省 2022年 海外情勢報告
■児童対策
地方自治体には、その地域の児童及び家族に援助を与える責務があり、必要に応じて、助言、デイケアサービス、ホームヘルプサービス等を与えることとされています。なお、2004年子ども法により、子どもに関する政策や決定について、子どもの権利、視点、利益を促進するため、特に保護が必要な子どもの意見を反映し、行動する子どもコミッショナー事務局が設けられています。
■孤独対策
公共保健上、最大の課題の一つが孤独の問題であるとして、2018年1月には、「孤独担当大臣」が任命されました。また、同10月には英政府初の孤独戦略が以下の通り策定されました。
①かかりつけ医による地域活動やコミュニティ活動の紹介
②事業者による従業員の健康や社会生活の支援
③郵便配達員による通常業務の一環での見守り実施(政府とロイヤルメイルが提携)
④コミュニティカフェやアート空間等のコミュニティスペースの増設
⑤小中学校の人間関係教育の中への孤独問題の組込み
⑥各省施策の中に孤独対策の視点の取入れ
⑦長期的健康課題を抱える人々へのボランティア活動を支援する試験プロジェクトの実施
現在でも上記孤独戦略に基づきコロナ禍による孤独等への取り組みが行われていますが、現在「孤独担当大臣」の任命は行われていません。
■近年の動き、課題等
1.年金制度
2014年年金法では年金支給開始年齢に関する報告書を定期的に作成することが定められており、2017年7月に政府報告書が公表されました。報告書では、
(1)支給開始年齢を67歳から68歳に引き上げる時期について、現行法で予定されている「2044年~2046年」から、「2037年~2039年」へと7年前倒しすること
(2)支給開始年齢引上げの見直しに必要な法改正については、2年に1度公表される最新の生命表を踏まえつつ、十分な予告期間を持って行うこと
が提言として盛り込まれています。引上げ時期の前倒しにより合計14兆4800億円(2017~18年度の物価水準で試算)の歳出削減が見込めるとしています。
■介護制度
英国では、介護を必要とする者に対する支援の水準が一般的に低く、介護の支援を受けるためには財務評価が必要となる制度とも相まって、「介護を受けるためには、家を売らなければならない」と表現されることもあった。2019年の保守党マニフェストにおいては、介護制度の充実の項目に、「Nobody needing care should be forced to sell their home to pay for it」という政策が掲げられている。こうした状況を受け、2021年9月に、ジョンソン政権が、次の内容を含む介護制度改革案を提案した。①2022年4月から1.25%の医療・介護負担金(Healthand Social Care Levy)を導入し、医療・介護制度を強化する。これは、国民保険料をベースにするが、2023年から法的に分離される。このうち、54億ポンドの収入は、今後3年間(2022年から2025年)の高齢者介護に使用される。
②2023年10月から、介護の生涯自己負担額の上限額として、86,000ポンドを新たに設定する。これは、住んでいる場所、年齢、状態、収入に関係なく適用される。なお、介護の生涯自己負担額の上限のための法的枠組みは、既に2014年介護法(The Care Act 2014)によって提供されているが、財源の問題等から関連する条項は施行されておらず、介護の生涯自己負担額の上限額もこれまで設けられていなかった。
③2023年10月から、地方自治体による財務評価の資産上限(これを超えると地方自治体の支援を受けられなくなる基準)を23,250ポンドから100,000ポンドに引き上げる。また、資産下限(資産から介護費用を拠出する必要がなくなる基準)は、14,250ポンドから20,000ポンドに引き上げられる。
④介護従事者のための数十万人規模の研修や資格取得、専門能力開発などに、今後3年間で少なくとも5億ポンドの投資を行う。(出典)厚生労働省 2022年 海外情勢報告 ”
本改革のうち、医療・介護負担金については、実際に2022年4月から国民保険料の引上げが行われました。しかし、2022年9月のトラス政権の誕生後、経済政策の一環として、同年11月から国民保険料を元の水準に戻すことが発表され、2023年からの医療・介護負担金の導入も凍結されました。その後、生涯介護費用キャップ制等の2023年10月から導入することとされていた改革についても、2022年10月に誕生したスナク政権において、地方自治体からの準備に関する懸念の声を踏まえて、2025年まで延期することが発表されています。
(つづく)Y.H