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基礎編・理論編

個立の時代の人材育成ーキャリアコンサルタントの知恵袋|テクノファ

投稿日:2024年4月20日 更新日:

横山哲夫先生(1926-2019)はモービル石油という企業の人事部長をお勤めになる傍ら、組織において個人が如何に自立するか、組織において如何に自己実現を図るか生涯を通じて研究し、又実践をされてきた方です。先生は、個人が人生を通じての仕事にはお金を伴うJOBばかりでなく、組織に属していようがいまいが、自己実現のためのWORKがあるはずであるという鋭い分析のもと数多くの研究成果を出されてきております。先生には多くの著書がありますが、今回はその中から「個立の時代の人材育成」-多様・異質・異能が組織を伸ばす- の「まえがき」を抜粋いたします。キャリアコンサルタントに有用なお話をしたいと思います。

― 個立の時代の人材育成 「まえがき」から ―
およそ10年も前の話である。「個立」という言葉に出くわした。何の研究会だったかは忘れたが、立教大学の平木典子先生が「個立」と板書され、「孤立」じゃありませんよ、と付け加えられた。個人としての精神的自立、なるほど、これは簡明でいい。 この言葉を企業組織の人事管理、人材育成の場で大いに使ってはやらせてやろう、と一瞬心に決めた。
組織人の「個立」、これこそ私が30年来、企業実務の中にあって、こだわりつづけ、かかわり続けてきたテーマである。

自分自身は格別強烈な自我と自立心を持ち合わせているわけではない。また、とりわけユニークで多彩な個性に恵まれているとも思えない。にもかかわらず、組織人の個立の促進に倦むことなき執念を持ちつづけてこられたのはなぜだろうか。不思議な気がする。
思うに、私はよくよくの人間好きで、人間の成長力をとことん信じているためではないだろうか。一人ひとりの人間の異なったよさ、一人ひとりが多様に自己実現を目指す姿に、深い感動を誘われる傾向が強いようである。であるから、人間がそうなっていない状態、つまり、一様に画一的に扱われていたり、画一的に扱われることに甘んじていたりする状態をみると、ひどく悲しく、ときにひどく怒り、なにかしないではいられなくなる。

M社の社内報に”くたばれチームワーク”なる物騒な見出しの一文を寄稿したことがある。当時現役の人事部長であった私が寄稿したのである。もっとも、中味は見出しほど過激ではない。その要旨は、「本当のチームワークは、リーダーが一人ひとりの意思を充分に汲み上げ、たしかめた上に成り立つものだ。リーダーが自分の結論を押しつけるために、チームワークをふりかざして、個人の意思をはじめから無視したり、抹殺したりしてはならない。そのようなチームワークがもし当社で認められることがあるとすれば、それは非常事態のときだけの例外だ。」と、指摘したかったにすぎない。しかし、組織優先、集団至上主義、チームワーク万能論が一般に支配的であった当時としては、これでもかなり刺激的な一文であったことは確かである。しかも、この一文に共感的であった編集氏が、拳骨でチームワークを粉みじんにするイラストをおまけしてくれたので刺激度は倍加された。社員の賛否相半ばして、かなり永く社内外の話題の種となった。人事部長はもっと慎重にやれ、といわれる向きに対しては、人事部長だからこう書いたんだ、と答えた。

出典 個立の時代の人材育成 横山哲夫 生産性出版 2003年

横山哲夫著 日本経営出版会『人事部ただいま13名』は、人事部スタッフを組織活性化の尖兵とし、狂言まわしとしながら、人事管理と人材育成の真の主役は、ラインの管理者と社員自身であることを、モービル社を事例として提言したものです。この本の底に流れるものは、個人の尊重であり、個別管理、個別育成の重視でありました。「個別」をさらに 「個立」に発展させたもので、先生は世の中が変わったと言っていますが、それは1990年当時のことです。今日(2024年)からみると、あきれるほどに変わったという内容は、新人類と呼ばれる若年層の出現と抬頭です。豊かな選択の時代に育ったこの新型の若者達は、個立群を中心として、組織の内外に連帯の輪を拡げはじめた。自分らしく生き、自分らしく働きたい要望を、臆することなく言動に表わしはじめました。自分を生かせるように、組織に注文をつけるだけでなく、自分が組織を選択するのだという姿勢をもみせはじめました。中高年管理者のイヤガラセやイジメにもめげず、着々とその勢力に厚味をつけ、あふれるばかりの好奇心に富み、多様な価値観との共存に馴れた若者達にとっては、この変革の時代への適応に何の迷いもないばかりか、水を得た魚のようだと論評しています。

どうやら、この新旧の戦いの見通しはあきらかになってきた。一部の先行的企業においては、新人類社員の見直しに端を発し、組織における人間観、労働観の根源的な見直しがはじまっている。2年前の日本経済新聞「経済教室」欄に掲載された私の小論、「日本企業の個別的人材育成の必要(個立指向が時代の坦い手)」には今日に至るまで数多くの支持的反応を頂戴した。個人と組織の関係のリストラクチャリングがこれから間違いなくはじまり、拡まるであろう。そういう時代が早くみられるように、願望を筆と言葉に託して熱っぼく説きまわっていた私に、この上ない自信を与えてくれたのは、3つの大学での講師経験である。講師経験を通じての若者達との交流と交友(と敢えていう)である。

M社の現役時代から通算して10年に及ぶ、R大社会学部非常勤講師としての、若者との昼夜の交流が、つきあいの深さと長さにおいて最も印象深い。そしてそれに次ぐW大ビジネススクール、Y大経営学部講師としての、いわば「若者体験学習」の数年間は、私の若者への思い入れが、決して思い込みではなかったことを、数多くの機会を通じて私に実感させてくれた。若者を先頭にする、個立の時代の到来への確信を与えてくれた。とりわけ、他にあまり例をみることのないであろう私の”連続タテ経験”、つまり、少なからざる数の同一の若者について、[教室内外での指導と交流]→[高学年次の就職上の助言と指導]→[M社および他企業の選考・面接場面の観察と評価]→ [組織人としての育成・評価]→ときには[企業を超えた個立の羽ばたき]のタテ系列で連続的にかかわりあえたことは得難い経験であった。教室内外で顔なじみの個立派、非個立派の学生達が就職活動を経て、転身・変身し、ゆれ動きながらも自分らしく企業組織に所を得ていく姿とハラハラしながら直接かかわりあえたことは、当初は自分でも予期しなかった生々しくも貴重な経験である。

個立の時代への動きは歴然としている。21世紀初頭には本格的な、個立者中心の時代に移行するであろう。有能な個立者が連帯して各界にリーダーシップをとる姿がみられよう。そして、自由化、国際化時代に本格的に突入したわが国の生存と発展は、これらの新しいリーダーのもとにようやく軌道に乗っていくことが期待される。その状態を早く迎えなくてはならない。そのためには、21世紀に通用する新しい人材の育成に今すぐ手をつけなくては間に合わない。人材の速成栽培はできないからである。今、中高年リーダー達に求められるのは、個立指向の若者への支持と激励である。批判や警告は不要である。ましてやイヤガラセやイジメなどは論外の沙汰である。個立指向者を焦点においた具体的な人事施策の新たな導入、または見直し、復活をどうすすめるか、残念ながら大方の企業はそのノウハウを持たない。ノウハウの前提となる理念(ノウホワイ) が欠如していたからである。人材育成のパラダイムが変わることについての自覚が持てなかったからである。しかし幸いなことに、若年層の見直し、再評価の声がようやく、教育界、産業界の各所からあがりはじめた。先行企業ではこれまでの人事制度の抜本改訂をはじめたところもある。いくつかの大胆な試行制度を導入したところもある。テキストもガイドもない状況の中では、これら先行企業の実践、試行を参考にすることが一つの手がかりになるかもしれない。M社もその先行企業の一つである。

この本はこのような背景の中で、私の基幹体験としてのM社の人材育成に、M社現役引退後にコンサルタントとしてかかわりを持った、日本ならびに欧米の企業数社での指導経験をもとにして書かれた、新しい人事管理と人材育成を指向する企業の実務家への実務的提言の書である。提言の根拠には若者への信頼感がある。総じて体験の書であるだけに、思い入れの多い、主観的な提言に終わる危倶は大いにある。しかし、それ以上に、変革の時代のわが国の企業組織の人材育成のあり方に関する建設的な論議の展開に、一役を買うことを願う気持ちの方が上まわった。また、併せて、人事管理、人材育成の分野ではおそらく私の最後の著作となるであろうとの感傷もちょっぴりいわせていただいて、まえがきとする次第である。

出典 個立の時代の人材育成 横山哲夫 生産性出版 2003年

(つづく)平林良人

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