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実践編・応用編

海外進出日本企業で働く人々_イギリス_社会保障施策

投稿日:2024年6月11日 更新日:

キャリアコンサルタントが知っていると有益な情報をお伝えします。

英国は、ヨーロッパ最大の人口を誇る巨大消費市場やビジネスハブとしての優位性を持ち合わせており、英国政府も外国企業への投資を促進するための税制上のインセンティブを提供しています。例えば他の多くの国に比べて、法人税率が低く設定されていることは良く知られています。そうした中、英国に拠点を持つ日系企業は約960社、最も多く進出しているのが製造業で約330社です。今回は、英国の社会保障施策についてお話しします。

英国は、2016年の国民投票の結果を受け、2020年EUを離脱しました。この間、社会保障に関して大きな制度改革は実施されていません。年金に関しては、2017年の政府報告書で、支給開始年齢の67歳から68歳への引上げ時期を7年前倒しすることが提言されました。介護に関しては、英国では元々「介護を受けたければ、家を売らなくてはならない」と言われるほど厳しい状況でありましたが、2021年ジョンソン政権が、大規模な介護制度改革案を提案し、その動向が注目されました。しかし、その後の政権において、経済政策や地方自治体の準備不足等の理由から、改革の主要部分の撤回・延期が発表されており、その実現には至っていません。2022年は、年率10%を超える物価上昇率が続き、英国内で厳しい経済状況に直面しています。

■歴史的経過
国民保険法により1911年社会保障制度が創設されました。その後、第二次大戦中に提出された有名な「ベバリッジ報告」により戦後の社会保障制度の青写真が示され、逐次整備が進められたことから、歴史的には社会保障制度の体系的な整備に先駆的に取り組んできた国の一つであります。社会保障の枠内でも、①税財源により原則無料でサービスを提供し、公的関与度の高い医療、②社会保険方式に基づき、公的年金の水準は低く、私的年金を活用する年金、③自治体が中心的な役割を果たし、民間サービスの活用も図られている福祉、といった特色があります。

■社会保険制度等

1.概要
年金、傷病、失業による就労不能等に係る給付(退職年金、雇用・支援手当(Employment and Support Allowance)、遺族関連給付、求職者手当(Job seeker's Allowance)等)を総合的に行う全住民を対象とした国民保険(National Insurance)に一元化されている。被用者に係る国民保険の保険料は、被用者と事業主とで負担する。医療については、この国民保険制度とは別に、税金を財源とする、1948年に創設された国営の国民保健サービス(NHS)として全住民を対象に原則無料で提供されている。また、高齢者、障害者等に対する社会サービスについては、地方自治体(原則広域自治体)において対人社会サービスの提供が行われている。国民保険のために集められた保険料の一部は、NHSの費用として拠出される。NHSについては、国民保険からの拠出金(国民保険料の2割程度)を除けば、税によって賄われている。なお、介護等の社会福祉サービスは、主に地方税、国庫交付金(概ね一般財源)などにより運営されている。

2.年金制度
(1)概要
公的年金制度である国家年金、低所得の高齢者向けの年金クレジット(Pension Credit)のほか、職域年金(企業年金)などの私的年金により、高齢期の所得の確保が図られる構造となっている。2016年4月6日以降に支給開始年齢に到達した者については、国家第2年金が廃止され、国家年金(New State Pension)のみの構造となった。他の先進諸国と比べた場合、英国の年金制度は、公的年金の給付水準が相対的に低いこと、公的年金の役割を縮小する政策を先駆的に実施し、私的年金の役割を拡大してきたことが特徴として挙げられる。

公的年金の縮小を私的年金によって補うという明確な政策目的の下、公的年金が基礎部分のみカバーする、私的年金への依存度が高い年金制度ということができる。なお、私的年金のカバー率を引き上げる施策として、2008年年金法(The Pension Act 2008)により、事業主は一定の要件を満たす従業員について、政府が定める基準を満たす職域年金に自動加入(automatic enrolment)させなければならないこととされている。職域年金は、確定給付型から確定拠出型への移行が進んでいる。政府は、老後の年金計画を立てやすくするため、Pension Wiseという公的な年金相談機関を2015年からスタートした。相談機関としては、Pension Wiseのほか、Pensions Advisory Service及びMoney Advice Serviceという組織が設けられていたが、これら3機関は、2019年4月よりMoney and Pensions Service (MaPS)という単一の組織に統合された。

(出典)厚生労働省 2022年 海外情勢報告

(2)国家年金
年金制度部分の基本的な構造は、長い間2階建ての制度でありましたが、構造のシンプル化が図られ、全就業者等を対象とする国家年金のみとなっています。義務教育終了年齢を超える全ての就業者(所得が一定額以下の者を除く)は国民保険の保険料拠出義務があります。国家年金においては、3重の保障と呼ばれる仕組みが導入されており、 ①2.5%②物価上昇率③賃金上昇率、のいずれか一番高い率で年金額を改定することとされ、インフレを上回る改定が実施されています。なお、2023年度の年金改定では、直近の急激な物価高騰を踏まえて、その改定率が注目されましたが、結果としてその仕組みをを維持し、物価上昇率を反映した10.1%の引き上げが行われました。また、2017年6月に公表された年金支給開始年齢に関する報告書では、支給開始年齢を68歳に引き上げる時期について、現行法で予定されている「2044年~2046年」から「2037年~2039年」へと7年前倒しすることが提言されました。

(3)年金クレジット
低所得の高齢者を対象に公的年金制度を補完する制度として年金クレジットが2003年10月より導入されています。保証クレジットと貯蓄クレジットの2種類がありましが、2016年4月以降、新年金制度の施行に伴い、貯蓄クレジットの新規適用は停止されています。保証クレジットは、年金支給開始年齢以上で収入が適正額に満たない場合、その差額を支給する制度です。

(4)私的年金制度
老後の所得保障における職域年金や個人年金の役割は大きくなっています。従来、英国の職域年金は大部分が確定給付型でありましたが、新規採用者から確定拠出型への移行を表明する企業が急増しており、多くの企業が確定給付年金制度への新規加入を認めていないといわれています。公的年金の役割縮小の方針と軌を一にして、2000年代半ばには、職域年金加入者の保護の強化、規制緩和や制度の簡素化を通じて、私的年金の強化が図られました。

2008年年金法により、すべての事業主は、一定の要件(22歳以上年金支給開始年齢以下であること、年収162万円超(2022年度)であること、英国内で就労していること)に該当する従業員を、政府が定める基準を満たす職域年金に自動加入させなければならないこととされています。被用者は脱退を選択することも可能であるため、強制加入ではありませんが、被用者自らが加入手続を取ることなく自動的に加入する仕組みであることから、より多くの者が職域年金にカバーされるようになることが期待されています。この職域年金への自動加入の仕組みは、従業員の規模に応じて2012年10月から段階的に施行され、2018年2月以降は全ての企業に適用されています。なお、自ら職域年金を提供することができない企業が利用できるよう国家雇用貯蓄信託という確定拠出プランが提供されるなど、中小企業等への配慮がなされています。

3.医療保健制度等
国民保健サービスによって、全ての住民に疾病予防やリハビリテーションを含めた包括的な医療サービスが、主として税財源により原則無料で提供されています。国民は、救急医療の場合を除き、①あらかじめ登録した一般家庭医の診察を受けた上で、②必要に応じ、一般家庭医の紹介により病院の専門医を受診する仕組みとなっています。なお、民間保険や自費によるプライベート医療も行われています。

(つづく)Y.H

-実践編・応用編

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