インドの人口は、中国を追い越して世界1位となりました。また30歳未満の人口が多いことから、今後も生産人口は増加する見込みです。I Tなどの分野で、高度な人材資源を多く有している事も有名です。ただ、インドは歴史、宗教による独自の文化があり、またビジネス慣習も日本とは異なります。そんな中で、インドへ進出している日本企業は約1,400社です。キャリアコンサルタントが日本企業で働く人とコンサル業務でかかわる事も多くなっています。今回は、インドの社会保障制度についてお話しします。
1.医療について
重い医療負担が大きな社会問題となっている。インド政府は、質の高い医療に手頃な値段でアクセスできるよう、公立病院の強化、医療価格の抑制、貧困層を中心とする医療制度の拡大等の施策に取り組んでいる。労働者は、非組織部門(un organized sector)と組織部門(organized sector)とに区分され、労働法制や社会保障制度等の適用において両者には大きな違いがある。一般的には、労働者数10人以上の企業または政府機関・準政府組織などの公的セクターで働く者が組織部門の労働者とされ、農業労働者、自営業者、または労働者数10人未満の企業で働く者が非組織部門の労働者とされる。非組織部門に属する一定水準以下の賃金の労働者に対しては医療・年金等の社会保険が強制適用され、退職、死亡、障害等の生計リスクがカバーされる。一方で、非組織部門に属する労働者及び賃金が一定水準を超える組織部門に属する労働者は社会保険の適用がなく一部任意加入の仕組みが存在するにとどまる。10年に一度実施される国勢調査によると、労働者のうち非組織部門に属するものは82.7%(2011~12年)であり、また、各種社会保険が強制適用されるのは組織部門の労働者のうち一定賃金以下の労働者にとどまることから、社会保障制度の対象は限定的であり、主に生計リスクは伝統的な家族観を背景とした家族の支え合いによって賄われているのが現状である。社会保障制度の非組織部門への対象拡大が課題となっている。救貧施策については、貧困層向け医療制度の他、食糧給付、高齢者、障害者、寡婦への現金給付等の仕組みが存在する。2.社会保険制度
労働者向けの社会保険として、失業保険・医療保険・労働災害補償・出産給付等をカバーする従業員国家保険(Employees’State Insurance:ESI)、退職給付をカバーする一時金の従業員退職準備基金(Employees’ Provident Fund:EPF)及び月次の年金を支給する従業員年金スキーム(Employees’ Pension Scheme:EPS)等がある。これらの制度は一定規模(概ね10人以上)の従業員数を持つ工場等や政府機関などで働く、組織部門の労働者(organised worker)を対象に強制適用されている。これらは原則として一定の賃金水準以下の労働者が対象であり、高所得者はカバーされていない。このほか、任意加入(公的部門は強制加入)であるが国家年金制度(National Pension System:NPS)という確定拠出型の個人口座で管理される年金制度も存在する。なお、2016年10月1日より日・インド社会保障協定が発効した(署名:2012年11月)。以前は、日本(国民年金、厚生年金)とインド(EPF、EPS等)両方の年金制度に加入する必要があり、保険料の二重払いや最低加入期間を満たさず給付に結びつかない等の問題が存在した。協定の発効により、5年未満の派遣は例外的に派遣元国の制度のみへ加入することや、受給資格要件を満たすための派遣国の年金保険期間の通算等が可能となり、更なる日印間の人的・経済的交流に資することが期待されている。(出典)厚生労働省 2022年 海外情勢報告
■医療制度
1.健康・衛生状態
国民の主な死因となっている疾患等(2019年)を見ると、多い順に
①循環器系疾患(34.0%)
②感染症及び寄生虫症(10.4%)
③呼吸器疾患(9.2%)
④新生物<腫瘍>(6.4%)
⑤周産期に発生した病態(5.8%)
⑥損傷、中毒及びその他の外因の影響(5.8%)
⑦消化器系疾患(5.3%)
となっています。ただ、医学的に確認されたものは登録死亡者数の20.7%に過ぎません。医学的確認がされる死亡の割合は州によって大きな差があることが課題となっています。また、衛生状態について見ると、2017年時点で基本的な飲料水サービスを利用できる割合は農村部約91%、都市部約96%、糞便汚染や化学汚染のない飲料サービスを利用できる割合は、農村部で56%(都市部はデータなし)となっています。これに関し、2022年1月までに農村部だけで新たに約5,600万世帯に安全な飲料水供給を行えるようになったと発表しています。しかし、上水道の未整備の地域は依然として多く、また実際に都市部でも24時間給水が実現できている都市は少ないなど脆弱です。また、かねてより感染症の原因となる野外排せつが大きな問題となっておりましたが、「敷地内でトイレを利用できる世帯割合」は、2014年10月の38.7%から、2019-2020年には100%に達したと政府は公表しました。
2.医療機関
公立医療機関には、一次医療機関として地域医療を支えるサブ・センター及びプライマリー・ヘルスセンターのほかに、二次医療機関としてのコミュニティー・ヘルスセンター、三次医療機関としての準地域病院、地域病院があります。23,582か所の病院が710,761床を有しています(一部コミュニティー・ヘルスセンターの数を含む。)が、これは、一床当たり1,844人となっています。地域で見ると、約6割の人口を有する農村部では19,810病院279,588床であるのに対し、都市部は3,772病院431,173床となっており、圧倒的に都市部に集中していることがわかります。保健・一次医療を担当する公立医療機関を見てみると、2019年時点で、サブ・センター161,019か所、プライマリー・ヘルスセンター31,296か所(人口2~3万人に1か所が目安)、コミュニティー・ヘルスセンター12,923か所を設置しています。2年前(2017年3月)と比較していずれも増加しています。現行の公立病院は、医師・看護師の数の少なさや施設・機器の不足・老朽化等が問題となっており、十分な役割を果たしているとはいえません。特に、医療従事者の多くは都市部で働くことを望み、地方のサブ・センターにおいては、医療専門職のいないセンターが多いとの指摘があります。
3.医療従事者
2020年9月現在、登録されている医師数は、西洋医学医師125万5,786人、インド伝統医学医師78万8千人となっており、増加傾向にあります。他の医療従事者を見てみると、2020年時点で正看護師・助産師が2,340,501人、補助看護師・助産師が943,951人、2017年11月13日時点で薬剤師が907,132人登録されています。なお、医師数及び医療従事者数に関する統計データがなく、現在の数を把握することは困難です。医療従事者の増加・育成や、優秀な医師が公立病院から、賃金が高く医療設備も充実している都市部の富裕層向けの私立病院へ流出するといった医療従事者の偏在が課題として指摘されています。
(つづく)M.H