日本とベトナムは、長年にわたって政治、経済、文化、スポーツと幅広い分野で友好関係が続いています。日系企業の進出も盛んで、約2千社がベトナムへ進出しており、キャリアコンサルタントが日系企業で働く人々と接触する機会は年々増加しています。彼らを取り巻く状況を知っていることもキャリアコンサルタントには有用なことです。私の友人も、6年間ほどベトナムの日本企業に派遣され、2年ほど前に帰国しました。彼の話しによると、ベトナムは人口に占める若年層の割合が大きいせいか、その企業にも多くの現地の若者が働いていたそうです。その中で、優秀な人材が他の企業に転職する例もあったようで、そのため、賃金上昇によるコスト増で、経営者は頭を抱えていたと語っていました。
公衆衛生の現状
(1)国家的な戦略・目標
保健省が中心となって医療政策を実施しています。具体的には、5か年医療計画という計画を2期にわたって保健省がとりまとめています。第1期は、2011年から2015年、第2期は2016年から2020年までとなっています。第1期の総括として、平均寿命の延長、乳児死亡率の減少、5歳児未満死亡率の減少といったことに代表されるように、ベトナムの医療事情は近年著しく改善しています。一方この総括で指摘された課題として、増大する医療需要、組織体制における一貫性の欠如、地域ごとの医療格差、患者の中央病院(高次医療機関)への集中、限られた政府予算に起因する高い自己負担割合が挙げられており、第2期においては、これらの課題に対して対策を取っていくことを重点目標としています。(2)保健医療関係の政府予算(2020年)
2020年の保健医療関係の政府支出は約1兆3,679億円であり、前年度と比較して3.8%の増加でありました。過去の保健医療関係予算は、2017年度までは毎年10%以上の増加を示していました。医療費総額(政府支出以外に家計支出及び海外からの支援含む)は、毎年増加しており、2010年には約8,992億円であったものが2020年には約2億と、2倍以上の増加を示しています。
イ 母子保健関係
(イ)出生数及び人口
人口は一定の割合で増加しており、2019年には9,648万人だったが2020年には 9,758万人となっています。人口増加率は、2019年から2020年にかけて1.14%でありました。人口抑制策は、一部の出生率が高い貧困地域において採用されています。(ロ)課題
母子保健関係指標について各種改善が認められるものの、都市部と山間部では大きな差が認められています。妊婦死亡率及び新生児死亡率は、中山間部は都市部と比較して3~4倍高くなっています。また、産前、出産のケアについては、少数民族や貧困地域においては十分に提供されていません。(ハ)感染症
予測、監視、予防体制や対策の充実により、特に近年では重篤な感染症の予防は適切にされており、大きなパンデミックは押さえられている(表4-2-20感染症有病率の割合参照)。1980年代は、感染症の割合が最大であったが、近年は非感染症疾患の割合が増えている。拡大予防接種プログラムに新たなワクチンが加えられていること、幼児・妊婦・妊娠適齢期の女性に対する予防接種率が90%以上を超えていること、ポリオ、新生児破傷風対策が進んでいることにより、感染症の疾患率や死亡率は低下している。風疹・麻疹ワクチンについても、16~17歳においては、95%の接種率を維持している。ポリオの経口ワクチンについても、ハイリスク区域においては、5歳以下の子どもの95.3%において投与されている。一方で、未だ様々な課題があり、例えば予防接種については地域差が認められている。特に北部の山岳地帯では、予防接種の割合は50%を切っているなどの問題がある。また、デング熱と手足口病についても、いずれも依然として罹患率は高く、住民の教育が不十分であることなどから、保健省としても大流行する可能性があることを指摘している。なお、デング熱は2010年には10万人あたり罹患率が147件で、2015年には84件まで低下したものの、2016年には再度上昇して136件、2018年にも上昇傾向が続いており、149件となっている。しかし、2020年はコロナ禍による影響か、いずれの感染症の有病率も、従前に比べて大幅に低下している。(出典)厚生労働省 2022年 海外情勢報告
■医療提供体制
1.病院数
郡レベル、省レベル、中央レベル、の三層構造になっており、ほとんどが地方政府又は保健省が管轄する公的医療機関です。上位病院は所管地域の下位病院から患者の搬送を受け入れるだけでなく、下位病院に対する指導・支援の責任を有してます。中央レベルの病院においては、入院患者数が病床の200%を超える場所もあります。これは、省レベル及び第一次レベルの病院では、機材、資材、人材が不足していることなどもあり、患者は中央レベルの病院を直接受診する傾向があるためと考えられています。状況の改善のため病院の建設が進められており、2020年の病床数は28万9000床となっています。
2.医療従事者数
都市部の中央レベルの病院は、医療人材や医療技術、医療機器が地方病院よりも充実していることから、患者が集中し、慢性的に過負荷問題が発生しています。医療従事者については、高齢化が進行している状況で、特に地方部で不足しているため、その増員を図っています。また医師については、ただ不足しているのみならず、高齢者に特有な疾患である高血圧や糖尿病に対応できる医師が少ないといったことも問題点としてあげられています。
■社会保険関係
1.社会保険法の施行
社会保険法が2018年から施行されました。社会保険料の算出対象の基礎となる手当の取扱いが変更され、社会保険料の算出に用いる金額を給与、職務・責任・重労働・有害労働・危険労働・地域手当及びこれに準ずる手当て、その他の低額手当ての合計額とすることを規定しています。労働者・企業負担への影響もあることから、日系企業を含め、企業側の関心の高い問題の一つとなっています。
2.医療保険の普及率
政府としては、普及率を2020年までに80%に、2025年までに95%に上昇させることを目標としています。推移としては、2011年65.0%、2015年76.5%、2016年81.7%、2018年86.8%、2020年90.9%と目標を達成し、普及率は順調に増加しています。ただし、自己負担率は依然として高いと同時に、世帯による高い負担の状況が続いており、これに対する対策が望まれています。また、民間の私立病院が増加していることや公的病院においては長時間待たされるといったことから、富裕層でも加入しない人が増えています。
3.社会保険政策
社会保険に加入しており、一定の要件を満たせば、社会保険制度による退職年金が支給されます。しかし、強制加入社会保険の対象となる者が少ない、また任意社会保険への加入が進んでいない等の理由により、退職年金を受給している高齢者の割合は低いです。退職年金を受け取っていない80歳以上の高齢者は、老齢福祉手当の給付が受けられます。
4.高齢者対策
60歳以上の高齢者の割合が1979年に6.9%だったものが、2018年には約12%にまで増加しています。2049年には25%に到達すると予想されています。これにより、労働生産人口の総人口に占める割合は2015年には65%だったものが、2049年には57%に低下すると言われています。特に高齢化は地方において進行しており、2015年時点で、高齢者の3分の2が地方に住んでいます。高齢者特有の問題点として、本来持っている能力や機能の低下があげられます。加齢に伴って、視力、聴力、認知機能、身体機能が低下します。約40%の高齢男性と約46%の高齢女性はこのような問題を抱えているとの報告があります。政府は介護保険の重要性について言及することはあるものの、実際に介護保険の実施に当たっては、大きな財源が必要となることから、介護施設の居住サービスなどが提供されるかどうかは見通しが立っていません。
(つづく)平林良人