昨今は海外進出している企業で働く日本人も多数います。彼らを取り巻く状況を知っていることもキャリアコンサルタントには有用なことです。今回は中国の社会保障施策についてお伝えします。
■中華人民共和国の社会保障施策
14億人を超える人口を抱える中国の社会保障施策は、少子高齢化に直面し、新たな局面を迎えています。2021年、いわゆる「三人っ子政策」が導入されるとともに、出産・育児に対する政策支援を強化する方針が明記され、この方針は、2022年に行われた第20回党大会でも確認されています。また、一部の都市では介護保険制度が試行的に実施されており、制度枠組みの構築に向けた模索が続けられており、高齢化に伴う医療・年金関係給付の増加や、「共同富裕」の理念の下での所得再分配機能の強化等が主要な課題となっています。
1 概要
(1)主な経緯
中国の社会保障制度は、1951年に「労働保険条例」が制定され、都市部において、政府機関や国有企業等の従業員に対する年金給付、医療給付等が制度化されたことに起源を有する。また、農村部においては人民公社等の生産団体毎の集団内における互助制度の形で社会保障が整備されてきた。その後、改革開放政策の導入や経済発展に応じて制度は改正されてきたが、基本的には、都市戸籍と農村戸籍という戸籍による区分、公務員、企業従業員、農民といった職業による区分を基本として制度化が進められてきた。制度化に当たっては、年金、医療、失業、労災、出産の保険制度ごとに条例等に基づいて実施されてきたが、2010年10月に中国の社会保険各制度の基本法となる「社会保険法」が成立・公布された(2011年7月1日施行)。同法では、社会保険の規範化、国民の権益保護、発展の成果を共に享受すること等の基本原則を述べた上で、上述の5つの社会保険について加入対象、加入手続、保険料負担、保険待遇等を規定するほか、社会保険基金の管理方法、政府による監督、罰則等について規定している。社会保険法の制定により、法律上は全国的に制度がカバーされたものの、同法第3条では「社会保障制度は広く普及させ、基本を保障し、多層的な構造、持続可能という方針を堅持する」と規定されており、戸籍や職業(従業員、自営業者、農民等)による区分は概ね維持されている。
(2)人口構造・人口分布の変化
2021年末の全国人口は14億1,260万人であり、前年末から48万人増加した。なお、中国政府は、中国の総人口は当面14億人以上で推移するとの見方を示している。2021年の出生数は1,062万人(前年は1,200万人)、合計特殊出生率は1.30(2020年)まで低下した一方、65歳以上人口は2億人超で、総人口の14.2%(前年は13.5%)を占めている。中国が高齢化社会に突入したのは1999年であるが、いわゆる「一人っ子政策」の効果も相まって、高齢化が急速に進展している。また、都市人口が増加傾向にあり、総人口の63.89%を占め、36.11%が農村に居住する。(3)所管省庁等
年金制度は人力資源・社会保障部、保健・衛生施策は国家衛生健康委員会、医療保険は国家医療保障局(国務院直属の組織)が所管している。(出典)厚生労働省 2022年 海外情勢報告
■社会保険制度
都市部では主に労働者を対象にして、年金、医療、失業、労災、出産の各分野において社会保険制度があり、介護保険制度の創立が2021年に発表された「第14次五か年計画・2035年ビジョン目標」に盛り込まれ、一部都市において試行が実施されています。各分野の加入者数は、年々増加しており、農民工等に対する行政区をまたぐポータビリティの確保や、フレキシブルワーカーへの社会保険の適用徹底が課題となっており、政府は関連制度の整備・適用促進を行っています。
1.年金制度
(1)制度の類型
公的年金制度には、都市従業員基本養老保険、都市・農村住民基本養老保険、公務員年金があり、また、都市従業員基本養老保険を補完するものとして企業年金を設立することが可能です。都市部の従業員の加入は進んでいるものの、地域経済の状況によって給付額に大きな差があること等が課題となっています。
(2)都市従業員基本養老保険制度
都市の企業の従業員に対する老後所得保障については、個人口座(積立方式)と基金(賦課方式)の二本立ての仕組みとなっており、加入者数は、4億8,074万人(うち在職者3億4,917万人(前年比2,058万人増)、退職者1億3,157万人(前年比395万人増))です。
(3)都市・農村住民基本養老保険制度
2009年から農村戸籍の非就業者に対して新型農村社会養老保険を、2011年から都市戸籍の非就業者に対して都市住民養老保険の試行的な実施を開始し、2012年末までに養老保険の全国民へのカバーを実現するという目標に向けて取り組んできました。この取組は一定の成果を上げてきたものの、農民工や転籍による無保険の問題を解消するため、2014年2月国務院から「統一した都市・農村住民基本養老保険制度の構築に関する意見」が出され、従来別々であった両保険を統合して「都市・農村住民基本養老保険制度」とすることとされ、2015年から順次、地方政府において統一制度として運営が開始され、2015年末には統合が完了しました。
(4)公務員年金制度
公務員(政府機関や共産党組織、公務員法を適用する関係機関(単位))の老後所得保障については、1955年に公布された「国家公務員の退職を処理する暫定方法」等により公務員年金が開始されました。この制度では、財源は全て政府拠出により賄い、給付額は退職前の職務給と職能給の合計を計算基数として、一定比例の年金(例えば、勤続年数が35年以上は88%、30年以上35年未満は82%、20年以上30年未満は75%)が給付されたため、都市従業員基本養老保険や都市・農村住民基本養老保険と比べ、個人負担がなく、給付額も手厚い等問題が指摘されていました。こうした問題を解決するため、2015年1月、国務院は「官庁・政府系事業組織の養老保険制度改革に関する決定」を公布し、都市従業員基本養老保険制度と同様の仕組み(各機関は賃金の20%、個人は賃金の8%を保険料として納付し、最低加入期間は15年以上等)とする新たな公務員年金制度が開始されました。
(5)企業年金制度
都市企業従業員に対する年金の第二の柱として、企業の人材確保や労働意欲の向上を目的として、企業と個人の共同納付による個人口座方式の企業補充年金制度が推進されています。2018年2月に施行された「企業年金弁法」では、企業による保険料納付額は毎年当該企業の従業員給与総額の8%以下、企業と従業員による保険料納付合計額は同給与総額の12%以下とされるとともに、経営損失等の当期において継続的に納付できない場合において納付を中止するときは従業員側と協議することのほか、従業員の転職時には個人口座について転職先企業年金等へ移管すること等を定めています。加入者数は、11.75万社、2,875万人(2021年)で、公的年金に比べると加入者数は少なく、加入数拡大も遅くなっています。
(6)商業年金保険(個人年金)
中国政府は、商業年金保険(個人年金6)を第三の柱として推進しており、2022年政府活動報告では、「引き続き養老保険の第三の柱としての個人商業養老保険を規範的に発展させる」とされています。2022年11月に「個人養老金実施弁法」が公布され、個人口座の管理や税制優遇の手続が簡略化されることになりました。
(7)年金を中心とした社会保険の適用徹底
改革開放後、労働市場の流動性が高まり、戸籍地ではない土地で就業するのも一般的となったが、農民工に対する年金保険の適用は必ずしも進みませんでした。この原因には、農民工は1年以内に就業地を変更するような者も多い中で、戸籍地以外における養老年金保険の加入・移転手続に困難が伴うこと、収入の低い農民工及び農民工を使用する事業所は都市従業員基本養老保険の現在の高い保険料(事業所20%、従業員個人8%)を支払うことが難しいことが指摘されています。
政府は、2010年に社会保険法を成立させる等法整備を進めるとともに、さらに農民工や転籍による無保険の問題の解消を図るため、2014年2月、「統一した都市・農村住民基本養老保険制度の構築に関する意見」を公布し、従来の都市住民養老保険と新型農村社会養老保険について制度名、基準、管理サービス及び情報システムを統一した「都市・農村住民基本養老保険」を構築することとし、地方政府において統一制度として運営が開始された。また、2014年、人力資源社会保障部と財政部は共同で「都市・農村養老保険との接続に関する暫定方法」を施行した。これは、都市従業員基本養老保険と都市・農村住民基本養老保険との間の接続に関する問題を解決し、都市・農村の被保険者、特に農民工の権益を保障することを目的としている。
こうした取組等により、2021年末時点で、都市従業員基本養老保険に4億8,074万人、都市・農村住民基本養老保険に5億4,797万人が加入し、合計で10億2,871万人をカバーする年金制度となっている。第14次五か年計画では、基本養老保険の加入率が主要指標の一つとされ、2020年現在91%である加入率を、2025年までに95%に高めるとした。また、同計画では、基本養老保険の全国統合的取扱いを実現し、ギグワーカー等のフレキシブルワーカーの加入条件を緩和し、社会保険の法定対象者の全員適用を実現するとした。さらに、「社保転移接続」の推進、全国統一的サービスの充実等、行政区をまたぐポータビリティに関する課題解消に取り組むとされた。
(出典)厚生労働省 2022年 海外情勢報告
(つづく)Y.H