昨今は海外進出している企業で働く日本人も多数います。彼らを取り巻く状況を知っていることもキャリアコンサルタントには有用なことです。今回は中国の労使関係施策についてお伝えします。
■労使関係施策
(1)労使団体
労働組合(「工会」)の全国組織は、1925年に創設された「中華全国総工会(総工会)」(All China Federation of Trade Union:ACFTU)である。総工会は共産党の指導の下にあり、その影響が強く、総工会幹部は党・政府との間での異動や兼任があることから、資本主義国における政府と労働組合との関係とは、大きく異なっています。2001年に公布された「労働組合法(工会法)」において、「労働者が自由意思で結合する労働者階級の大衆組織」と規定されているが、労働組合(工会)は、下記の特徴があります。
①共産党指導下の労働者団体である。
②総経理(社長)や管理職も工会員になることができる。
③役員、管理職は工会幹部を兼任することができる。
④会社側が工会経費を負担する。
また、工会法において、労働紛争の調停が工会の役割の1つとされていますが、工会は労働紛争の当事者として位置付けられていないことから、経営側と労働者側との間で利害対立が生じた場合、企業の管理職を兼ねていることも多い指導者は、経営側の立場に立つのか、労働者側の立場に立つのか、微妙な立場に立たされることから、労働者代表の機能を果たすことができず、山猫ストなどが発生する要因と言われています。総工会は、「中華人民共和国工会法」および「中国工会章程」の規定により、各級地方組合および産業組合に対する指導機関であるとされ、中国大陸の31省級労働組合連合会と多数の産業労働組合連盟を擁しています。中国における使用者団体の全国組織は、1988年に創設された「中国企業連合会・中国企業家協会」(China Enterprise Confederation & China Enterprise Directors Association: CEC/CEDA)であり、34の産業別経営者団体からなっています。
(2)労働紛争の概況
2008年に労働紛争調停仲裁法や労働契約法が施行されたことを機に、労働紛争案件の件数は大幅に増えました。労働契約法により、雇用期間の定めのある労働者の勤続年数が10年を超えた場合等において、期間の定めのない雇用にすることを企業側に義務付け、労働者が退職する際に退職金(経済補償金)の支払いを企業に義務付けたことなどが労働者の権利意識を高めたと考えられます。また、労働紛争調停仲裁法が施行されたことにより、仲裁料が無料とされたほか、労働紛争をより迅速に解決することができるようになったことも増加の要因と考えられます。
一方、2008年以降の労働紛争の頻発を背景として、中国政府は賃金に関する労使間の協議のルールである「賃金集団協議制度」の導入を推奨しています。この制度は、2000年に労働・社会保障部(当時)が定めた規則で、従業員代表と、企業代表が、企業内部の賃金分配制度、賃金分配方法、賃金所得水準などについて協議を行い、賃金集団契約を締結する枠組みです。中国政府は、この制度を推奨することで、ストライキなどの賃金に関する集団労働争議の防止を図っています。仲裁機関における労働紛争受理件数は増加の一途をたどっている中、2021年6月に策定された「人力資源と社会保障の発展に関する第14次五か年計画」では労働紛争関係の安定も重視しており、同計画期間中(2021~2025年)に労働紛争の調停率60%、仲裁結審率90%、労働保障監察の通報・苦情案件の結審率96%を目指すとされています。
紛争解決制度
イ 労働紛争処理手続:「一調一裁二審」の原則
(イ)企業内の労働紛争調停委員会:「一調」
企業内部に設置され、その調停員は従業員大会により選出される代表、企業の代表(会社の責任者による指名)、工会代表により構成される。また当該労働紛争調停員の主任は工会代表が担当する。調停後の調停書には法的拘束力がない。(ロ)仲裁委員会:「一裁」
地方労働行政部門の代表、工会の代表、使用者側の代表により構成する。労働行政部門の代表が主任を担当する。調停が成立すれば、その後に作成される調停書は法的拘束力を有する。調停に達しない場合は仲裁委員会が「裁定書」を下す。その「裁定書」は、法的拘束力を持ち、人民法院(裁判所)に強制執行を申し立てることができる。仲裁委員会によって下された「裁定書」に不服がある場合、所在地の人民法院へ提訴することができる。(ハ)基礎人民法院(簡易裁判所):「ことができる64。審理は裁判官1名~3名が担当する。労働紛争事件の審理は、他の民事事件二審」
人民法院の民事裁判法廷は労働紛争事件下す、または当事者が仲裁委員会の「裁定書」に不服の場合、事件の審理を行う。労働紛争の当事者が仲裁裁定に不服がある場合は、仲裁裁定書を受け取った日から15日以内に人民法院に訴訟を起こすと同様に原則として調停前置主義である。調停合意が達成できた場合、人民法院は「調停書」を。その「調停書」は「裁定書」と同じく法的拘束力がある。また人民法院が下した判決に不服があれば、15日以内に一級上の人民法院に上告することができる。中国の裁判は二審終審制で二審裁判所の判決は最終であり、法的拘束力を有する。
ロ 「一裁終局」
一調一裁二審は、労働紛争が生じた場合に、最終決着するまで多大な時間がかかり、労働者の保護が満足にいかないという指摘がなされていた。そこで政府は、「労働紛争調停仲裁法」を制定(2008年5月施行)し、「一裁終局、一裁二審」の制度を規定した。この制度は、労働者の権利と密接に関係する労働報酬、労働災害医療、経済補償金、係争金額が小額な紛争、社会保険に関する紛争は、労働紛争仲裁による裁定を終局とし、それ以外のものについては、当該裁定に不服の者は、人民法院に提訴することができる。中国の裁判所は二審制を採っているので、「一裁終局、一裁二審」と表される(企業内調停委員会による調停制度は新法でも残っているが、「一調一裁終局」などと呼称されることはない)。ただし「一裁終局」とはいうものの、労働者については、仲裁裁定に不服のある場合、15日以内に人民法院に提訴できるとされている。使用者は、仲裁裁定に不服でも原則として人民法院に提訴できないが、例外的に、仲裁裁定において、適用法令の明らかな誤りがある、法定手続違反がある、判断の根拠とした証拠の偽造がある、などの場合には仲裁委員会を管轄する中級人民法院に仲裁裁定の取消しを求めることができる。ハ 労働紛争処理のオンライン化にかかる取組
2016年11月、人力資源・社会保障部から発表された「『インターネット+(プラス)人力資源・社会保障』行動計画2020」では、労働争議案件を巡るオンラインでの裁判申し立て、開廷予約、案件の処理進捗照会などのサービスを提供するとし、労働争議の速やかな解決を目指すことが盛り込まれた。また、2019年1月、同部は「北京などの7省・市における『インターネット+調停』の試験的実施」を発表し、特定の7省・市を試行地域として試験的にネット上の労働争議処理を開始した。現在は試行期間を終え、ネット調停の全国レベルでの普及を促進するため、「全国労働争議オンライン調停サービスプラットフォーム」が設置されている。これにより、ほとんどの手続は窓口に出向かず、インターネットを通じて行うことができるようになっている。さらに、2022年1月、同部と最高人民法院は「労働紛争に関する訴訟と調停のオンライン接続メカニズムの設立に関する通知」を発表し、調停組織や調停人に関する情報の共有やオンラインシステムの共同利用などで司法と行政の両部門を連携させることにより、労働紛争処理手続における調停制度の更なる整備・効率化を図っている。(出典)厚生労働省 2022年 海外情勢報告
■最近の動向
新しい就業形態(フレキシブルワーク)の拡大、産業構造の変化、情報技術の発展、プラットフォームビジネスやシェアリングエコノミーの発展は、経済社会活動のデジタル化を促し、中国の就業形態にも大きな影響を与えています。中国では現在、電子商取引、オンライン配車、ネットデリバリーなどに従事する、いわゆる「フレキシブルワーク(霊活就業)」という新たな労働関係による就業形態が拡大しています。国家統計局によると、フレキシブルワーカー数は、2021年に約2億人に達し、全国高等教育学生情報・進路指導センターのデータによると、大卒者のフレキシブルワーク就職率は、2020年、2021年ともに16%を超えています。フレキシブルワークは、就業機会の確保という国の重点方針のなかで、重要な就業形態として位置づけられ、関連政策が相次いで打ち出されています。
2020年7月、国務院弁公庁は「多様なルートによるフレキシブルな就業を支持する意見」を発表しフレキシブルワークを奨励し、各省・地域政府もインターンシップ補助金、職業訓練補助金、就職困難者への社会保険補助金などによりフレキシブルワークを推進しています。他方で、2021年7月に人力資源・社会保障部などは、「新就業形態の労働者の労働権益保障の維持に関する指導意見」を発表し、新就業形態の労働者の権益保護について企業が担うべき責任を明記しました。これによれば、たとえばアウトソーシングなどで労働者の権益が損なわれた場合、使用者には関連法規を根拠として相応の責任を問うことを明示しています。急速に変化する社会経済の中で、就業形態も大きく変化しつつあり、より多くの就業機会を提供するために、フレキシブルワークのような働き方が増加することを政府も奨励している一方で、労働条件や社会保険など労働者の権益保護の観点から、新しい働き方に対する課題は残されています。
■新型コロナウイルス感染症と雇用・労働対策
2020年の中国経済は新型コロナウイルス感染拡大の影響により経済は大きく落ち込みました。国内外の人の移動を規制したことで、生産、消費、投資、貿易、物価のほか、雇用にも停滞や悪化が見られました。こうした状況の下、政府は2020年1月、新型コロナウイルス感染症患者、感染を疑う患者またはその濃厚接触者が、患者の隔離治療期間中または接触者の健康観察期間中、政府の実施した隔離措置または他の緊急措置により通常の労働を提供できない従業員に対し、企業はその期間中の賃金を支払うべきとしました。
また、企業は労働契約の解除をしてはならず、同期間中に労働契約が期間満了となる場合、従業員の治療期間終了、健康観察期間終了、隔離期間終了または政府の緊急措置期間終了後まで延期することとしました。さらに、新型コロナウイルス感染症の影響により経営困難に陥った企業は、従業員との話し合いによる賃金調整、交替勤務、労働時間短縮などの方式で雇用を維持し、可能な限り人員削減の人数を最小限に抑えることとし、2019年から各地で実施されている雇用維持のための補助金制度の適用を促進しました。労働紛争に関しては、仲裁時効の停止が定められた。新型コロナウイルス感染症の影響により当事者が法定仲裁時効期間中に労働人事争議仲裁を申し込むことができない場合、仲裁時効が停止し、時効計算は順延されるとしました。また、2020年3月には、大量の返郷農民工が農村部に残ったまま仕事も収入もない問題を解消するために、人力資源・社会保障部は返郷農民工が居住地の近くで就職や起業が可能となるよう支援対策を打ち出しました。具体的には、農村暮らしをレジャー化する観光などの農村部の産業展開を促進して返郷農民工の雇用の確保を支援することや、農村部中小企業基礎施設建設の強化、「以工代赈」の拡大、建設プロジェクトの着工等を推進拡大するというものです。
また、事業者に対しては農民工への労働報酬の給付資金比率を10%から15%に引き上げ、返郷農民工の雇用確保と生活の安定を図ることとしました。2020年の後半から2021年初にかけては、中国は新型コロナウイルスの影響からいち早く回復し、主要国で唯一プラスの経済成長を達成しましたが、2021年央から洪水、感染再拡大、電力不足、半導体不足、不動産規制、資源高等の様々な要因から3四半期連続で減速が続きました。2022年においても、感染再拡大に伴うゼロコロナ政策が継続され、上海等の大都市の厳しい防疫措置が長期化していました。こうした中、中国では新型コロナウイルス感染症からの回復者に対し、採用や解雇をめぐる差別や嫌がらせが相次いでおり、人力資源・社会保障部と国家衛生健康委員会は2022年8月、「新型コロナウイルス感染症回復者に対する雇用差別への断固とした対策に関する緊急通知」を発表しました。
これによれば、企業または個人は、新型コロナウイルスのPCR検査の結果を無断で照会してはならず、就業の機会均等の権利を保障するため、新型コロナウイルス感染歴の有無を理由とした採用上・就業上の差別や違法な解雇を厳禁しています。さらに同月、政府は「養老・保育サービス業の支援に関する諸施策に関する通知」を発表し、長引くコロナ禍で高齢者介護・保育サービス施設が受けたダメージを軽減するために、家賃の免除・減免、社会保険料や税金の減免、防疫支援などの包括的な支援策を打ち出しています。このうち労働関係では、失業保険と労働災害保険の料率を段階的に引き下げる政策を延長し、従業員を解雇していない又は解雇人数が少ない高齢者介護施設を対象に失業保険金の還付を行ったり、コロナ禍で一時的に経営が困難になった施設に対して社会保険料の段階的な支払い猶予の申請を認めたりすることなどが掲げられています。
(つづく)Y.H