キャリアコンサルティングという専門的支援が必要となったのは、バブル崩壊があったからです。それまで日本企業においてその成長を支えていたのは年功序列、終身雇用、企業内労働組合であったことは周知のことですが、 それが功を奏したのは、日本と日本の貿易相手国の経済成長が右肩上がりだったからです。右肩上がりの経済成長を前提にした日本企業の経済活動は、バブル崩壊によりその前提が崩れたために、企業は労働者の丸抱えができなくなり、大量解雇や事業の統廃合が始まりました。いわゆるリストラです。その結果、労働者は好むと好まざるとにかかわらず、自分の生き方や働き方は、自分の問題として自分で考えることを余儀なくされました。
それまでの日本社会では、自分の将来は自分で考えることではなく、親が決めること、学校の先生が決めること、あるいは会社が決めることという認識が強かったために、多くの労働者が、自分の生き方や働き方を自分の問題として考えるためには、専門的な支援を必要としたのです。これが、キャリアコンサルティングが生まれた、もっとも大きな背景といえます。日本の労働市場を管理するための制度やメカニズムの多くは、終戦直後の戦後復興期に作られたものが、ほとんどそのまま続いてきました。戦後における労働市場管理の命題は復興でした。その前提は、少ない雇用機会と弱い立場にある労働者の存在でした。その結果、政府主導による労働市場管理となり、欧米に追いつくために量的拡大と質的向上を国の命題として掲げ、国全体が護送船団方式(弱い企業の脱落を防ぐため、経営力や競争力のもっとも劣る企業に合わせて行政官庁が規制、指導、監視して、業界をコントロールすること。もともとは、軍事用語)によって発展してきたといえます。また日本の産業は世界経済の変化による影響を受けやすい海外との貿易によって成長発展を遂げてきました。しかしバブル崩壊により経済成長、発展が崩れたことは日本の経済に様々な影響、変化をもたらしました。
なかでも日本の労働市場に特に大きな影響を与えたものとして以下のような変化が考えられます。
1.経済成長の変化
経済が大きく成長しているときには、全体のパイも大きいので雇用の保障が可能です。採用においては、具体的な仕事上のニーズがなくても先行きに大きな経済成長が期待されていれば、一括大量採用が可能となります。高度成長期においては、文字どおり「仕事は後からついてきていた」のです。このような状態が長期間続いたため、あたかも雇用保障が制度であり、メカニズムであるかのように錯覚してしまいました。しかし、経済成長が鈍ってくると、仕事を保障することが難しくなります。仕事が保障されないと、必然的に雇用も保障できなくなります。
経済成長率の低下によって雇用の保障ができなくなると、一括大量採用の必要性もなくなってきます。逆に、採用者の数を削減しなければならなくなります。また、経済成長率の低下は産業構造の変化をももたらすことになり、 製造業の比率が下がり、サービス業の比率が高まってきます。これは、企業のなかでの事業の統廃合をもたらすことになります。IT関連部門やサービス部門の比率が高くなり、知的労働が増大します。つまり、第3次産業とサービス業およびホワイトカラーが増加することを意味しています。
2.人口構造の変化と人口減少
人口構造の変化だけでなく出生率低下による人口減少、家計構造の変化、家族構成の変化、教育改革、社会環境の変化などの影響により、女性の社会的役割が変わり、女性の労働市場への参加が増えてくることになります。従来の企業は男性社会そのものでしたが、今や女性活躍社会の実現が求められています。
高齢化と少子化について、総人口に占める65歳以上の比率は総務省統計局資料によると次の通りです。
・1970年で7.1%
・1990年で12.1%
・2000年で17.4%
・2019年には28.4%
(将来予測)
・2025年には30%
・2040年には 35%
人口の減少については同じく総務省統計局資料によると次の通りです。
・1970年で約 1.05億人
・1990年で約 1.24億人
・2000年で約 1.27億人
・2008年の約1.28億人
(ピークから減少に転じ)
・ 2018年で約 1.26億人
(将来予測)
・2030年に約1.19億人
・2045年に約1.06億人
この総人口に占める65歳以上の比率の増加と少子化による人口の減少は、過去に例のない新しい事象で、労働市場にも大きな影響を及ぼしています。低賃金の若年者を大量に採用し、企業内で訓練し、昇進させ、定年まで雇用を保障する終身型の雇用慣行は、豊富な若年労働力の存在があってこそ可能な大量採用と、持続的でかつ急速な経済成長とが、際限なしに拡大していくことを前提にしています。ところが、若年労働者が減少し、経済成長が鈍化したために、終身型の雇用慣行は維持することができなくなってしまいました。ポストの減少は中高年者のリストラを招き、また若年労働力の不足を補うために経験者の中途採用が増加することになります。これは雇用の流動化であり、中高年者にとっても若年者にとっても入社して滅私奉公をすれば一生安泰ということではなくなったということです。自分で自分の仕事を考えて選択していくこと、つまり個人主導のキャリア開発が求められることになったということです。
3.情報(IT)化
電話やファックスあるいはコピーという情報の伝達・共有手段は、すべてコンピュータによる伝達・共有に変わり、それまでとは比較にならない速さで伝達され、膨大な量の情報を共有できるようになりました。世界中に点在する事業所がリアル・タイムで情報を共有できるようになり、ボーダーレス化、グローバル化が進みました。ITの進歩、情報化における変化は、個人の能力に対する評価を根底から変えてしまい組織構造の変化をももたらしました。すなわち、従来の日本企業ではチームとしての力 (チーム力)を能力としてとらえ、評価の対象としてきましたが、チーム力と同時に個人の能力を個別に見ていくことも必要になってきています。
経済の成熟化、経済成長の鈍化あるいは停滞、少子高齢化と人口減少、IT化などの変化は雇用関係の多様化、流動化を招き、1人ひとりの労働者は企業に自分の将来を委ねるのではなく、自分の将来は自分で考えるという個人主導のキャリア開発・形成を求められることになりましたが、ここで注意しなければならないことがあります。「個人主導のキャリア開発・形成」は、すべてを「個人の責任」とすることではありません。企業もいくつかの点で考え方やとらえ方を転換(パラダイム・シフト)し、個人のキャリア開発・形成を援助しなければなりません。
その1つが人材の活用です。「人材の活用」と掲げたときに、対象になる人の何を評価の対象とするかといえば、従事している仕事の中身が評価の対象とならなくてはなりません。そのためには、これまでのような集団管理だけではなく、1人ひとりに目を向ける個別管理も必要になります。さらには、成果主義の意味するところは何かという吟味・検討も必要です。仕事は1人ひとりにとって意味のあるものでなければならないのです。また、働き方改革の推進などによる労働の多様化への対応、女性活躍推進への対応などを行うために、従来の各種制度も根本的な見直しが必要でしょう。
職業紹介や人材派遣が自由化されたことも変化の一環です。これら人材サービスにおける変化は人材活用のための情報と選択肢の増加につながり、求人・求職の多様化・自由化をもたらし、労働市場の流動化を促進しました。さらに、海外からの帰国者の増加、外国人労働者の受け入れ増加、日本企業の海外進出など、文字通りのグローバリゼーションに伴う変化は着実に進行しているのです。
(つづく) A.K