キャリアコンサルタントの方に有用なお話をします。
アサーション※の難しさを肌で感じるのは、職業相談の現場においてです。当然ですが、職業相談に来られる方の目的は仕事の相談です。相談の目的が明瞭であれば、ご本人の意向や希望に沿ってマッチングや自己アピールの支援等を比較的順調に進めていくことができますが、このような例はごくわずかです。
※「アサーション」(assertion)は1950年代にアメリカで、自己主張を苦手とする人を対象としたカウンセリング手法として生まれました。「人は誰でも自分の意見や要求を表明する権利がある」との立場に基づく適切な自己主張のことです。
相談の目的が仕事に関することであっても、具体的なビジョンが描けず、何をやっていいか分からない方が多くおります。ただし、食べていくために収入が無いのは困る、何か仕事はないでしょうかという相談から話が始まります。
インテーク(最初の面接)の中で、そのような心境状態に至った段階を理解するようにします。何をやったらよいか分からないと迷って来られた方も、社会人としてスタートした時点では、社会の一員として頑張ろうと初々しい気持ちで臨んでいたはずなのです。しかし、何らかのインシデント(出来事)により当初の意、気持ちが持続できなくなったのですが、いつ、どこで、何がそうさせたのでしょう。
多くの人は何をやりたいのかなどは余り真剣にかつ計画的に考えることはなく、流れに逆らわず就職したのではないでしょうか。私も自己流に就活をしていた当時に、もし専門家の指導や助言や後押しがあれば、少しばかりの自信やモチベーションを持って就職出来たかも知れません。
だからこそ、今ここから再構築することは出来るとお伝えしたい気持ちを根底に持ちながら,相談者が辞めなければならなかった要因についてお話を聴かせていただいております。ある若い方の話です・・・、職業相談に来ていただいて本当に良かったと思えることがありました。生活不安の中で、家族を介護しなければならず、不定期な就労を選択し友人との接触も自ら断ち切り、年代の異なる人たちに交じって直面する収入を優先して、何とか働き口を確保してきた話を聞きました。介助していた家族が他界したあと、多分保ってきていたモチベーションと心身とのバランスが崩れたのでしょうか、仕事を辞めてしまい困窮生活に至ってしまいました。
この相談で良かったと思えたのは、若さが故に生存欲求に従順であったこと、欲求に従って相談機関を訪れる素直な気持ちがあったことです。自分を否定せず行動できた背景に生育環境の温かさが感じられました。葛藤を繰り返しながらも、何とか生活を維持してきた履歴を一緒に書面に記しました。丁寧に掘り起しを行い無我夢中だった過去を本人に振り返ってもらいました。記憶の隅に押し込んでいた日々が、あの時はこうだった、このときはこうだったと言葉にして初めて思い出せたようでした。この若い方は、この履歴書は俺の今までの物語だ、俺の宝物だと言いながら愛おしそうに履歴書を持ち帰りました。その後、なお時間をかけてコミュニケーションへの抵抗感を緩和しながら、相談回数を重ねていきました。
当初の意欲が削がれていった背景の一例を提示させて頂きましたが、話を戻します。何をやったらよいか分からない、と立ち止まっているようでいても、理由は様々です。やむを得ない事情によるもの、例えば病気や怪我による体調不良、また加齢に伴う視力や筋力の低下などにより今までのキャリアが活用できなくなった場合、また転居先に技能活用の場が少ない等の事例ではやむを得ないでしょう。こういった理由であれば、方向性の転換は比較的自然に受け入れていきます。人間関係、パワハラ、モラハラ、セクハラなどから仕事を離れる場合は、トラウマや不信感からか離職直後においては、もう思い出したくないという気持ちから前職種から離れた職種を希望する傾向がみられます。しかし、情報収集を行っていくプロセスの過程で気持ちの整理が進み、次第に気持ちが前向きになり、今までのキャリアを活用し、更にそれをレベルアップしたいという気持ちになり、自己のいままでの経験分野に関心が出てきて、そこに就職の焦点を絞る人が出てきます。
また、短期で離転してしまう経歴のある人は、前述の例とは少し様子が違ってきます。見られる特徴的なこととして、雇用条件へのこだわりが強く給与、勤務時間、休日などを仕事内容より重視しがちなところです。そして仕事内容が自分に出来そうだと思い、就職につながったとします。ところが、自分が希望していた条件と違う、仕事が覚えられない、雰囲気が違うなどの理由で離職してきてしまいます。このような傾向を持つ求職者は、仕事と自己実現を同列に考えていると思われます。そして、何度か離職を経験し、何をやったらよいか分からないと訴えます。アセスメント(適性検査)に誘導することもありますが、何をやったらよいか分からないという思考から、自分には何ができるのかというポジティブな思考に転換する必要があります。好きなこと、やりたいことを実現するためには何ができますかと投げかけてみます。仕事をして収入を得なければという根本に変わりはありませんから、条件よりも能力にマッチした仕事に徐々に優先順位が高くなっていきます。時間はかかっても、背伸びせず自分の能力にマッチした仕事に就いて、継続していける例が出てきます。
職業相談は、人それぞれの背景とニーズが深く関係していますので一概には言えませんが、迷いや想いを言語として表現することが大変重要なのですが、自分のニーズを効果的に相手に伝えることのできる方は本当に少数です。
テクノファでは、キャリアコンサルタント養成講座カリキュラムに「カウンセリング演習」を入れています。「カウンセリング演習」では、初日と2日目に聴き方についての演習を行いますが、その内1日はキャリア・カウンセリングにおける聞き方のロールプレイを行っています。さらに、アサーション※については、理論、自己チェック、 演習などから構成されています。この期間で、カウンセリングの基本的な技法である傾聴、及びアサーションについて、その理論的根拠を理解し、スキルを習得していただきます。
受講者の方から次のようなコメントを頂いています。
・キャリアコンサルティング演習のプログラム全体を通じて、演習の内容が段階を追い理解が進む構成になっていることが良く理解できました。
・「コンサルタントとしてのあるべき態度」について説明を受けることにより、なぜそれが必要なのか意味がわかり、理解が深まったと思います。
・実習を通して、受講者自らがキャリアコンサルティングの基本を理解するように、気づくようにという意図で設計されているという感じを受けました。自らが、キャリアコンサルタントの基本を理解することにより、知識を習得できたという思いで大変良かったと思います。
コースの最後の「事例検討(ケーススタディ)」は、キャリアコンサルティングの事例検討を通して、総合的に学習し企業におけるキャリア開発の導入事例及び取り組み事例をもとに、チェンジ・エージェント※としてのキャリアコンサルタントがどのように環境介入を行うべきかを学習します。 上述したような5日間の事例検討は、質の高いケーススタディになっています。
※チェンジ・エージェント(change agent)とは「変化の担い手」の意味であり、私たちの働く環境はあらゆる面で変化にさらされているが、多くの環境変化を適切に受け止め、処理し、次の段階のエネルギーに変えていく人をこう呼んでいる。
担当していただいている講師の方から次のコメントを頂いています。
・受講生の事例検討の質の高さ、学習成果には本当に驚いた。いろいろなところで体験した事例検討会より、ずっといい検討が出来ている。
・外的キャリアへの関心とか、助言、アドバイス、評価的発言が多かったり、応答のテクニックに流れることが多かったりするものだが、そのよなことが少ない。
・事例にでてくるクライアントのその人そのものを理解しようとしていることがよく分かり、自分だったらどう関わりたいのか、 形ではなく真剣に考える雰囲気が伝わってくるので、全体がよい方向に引っ張られる感じでした。
受講者の方からのコメントは次の通りです。
・事例研究を通して、本当に様々な事例や相談があるのだということを改めて実感じました。
・コンサルティングをしても、なかなか良い方向へ行かないこともあるのだということも分かりました。それだけに責任が重いなと思いました。
・キャリアコンサルティングの幅広さも実感として感じられ、それだけの知識と覚悟を持たなければ、キャリアコンサルタントにはなれないと思い、やはりかなりの能力が求められる厳しい職業だと思いました。
・カウンセリング理論では、「カウンセリング演習」「事例研究」を通じて実践的なカウンセリングスキルを学ぶことができ、これらを通じて今後キャリアコンサルタントとして何をどう学んでゆくべきかが明らかになりました。
(つづく)Y.H