横山哲夫先生が2019年6月に逝去されて今年は3回忌になります。テクノファでは2004年に横山哲夫先生のご指導でキャリアコンサルタント養成講座を立ち上げさせていただいて以来、今年まで実に14年もの間横山哲夫先生の思想に基づいた養成講座を開催し続けさせてきました。
横山哲夫先生はモービル石油という企業の人事部長をお勤めになる傍ら、組織において個人が如何に自立するか、組織において如何に自己実現を図るか生涯を通じて研究し、又実践をされてきた方です。
以下は横山哲夫先生の提唱されたCDM(キャリア開発ワークショップ)を実践してきた日立製作所の事例です。
当社では、個人のキャリア開発を「個の自立・自律」「個(多様性)の尊重」を背景に「仕事を
通じてなりたい自分に成長すること」と捉え、「個人の成長を会社の成長につなげること」をめざし次の2点を特徴とするキャリア開発施策を展開しています。
■内的キャリアの重視
「人は自発的に取り組んだ時に大きな成果がでる」等の人間観を背景に、働きがいや生きがいといった個人にとっての「仕事の意味や意義、価値観」である『内的キャリア』を重視しています。個人のキャリアの充実や能力の最大発揮・成長のためには、やりがいや働きがいを持って自発的に仕事に取組むことが前提となります。従って、組織として個人の内的キャリアを尊重し、個人が自分の『内的キャリア』を理解するための支援を行っています。
■目標による管理(MBO)とキャリア開発プログラム(CDP)の連動個人の成長を会社の成長につなげる具体的な仕組みとして、「MBO」を職場におけるキャリア開発の中心に位置づけ、個人一人ひとりの意志・意欲を仕事に活かしていくことをめざしています。そして、個人が仕事に意欲を持って自発的に取り組めるよう、CDPは「内的キャリアの自己理解」への支援を中心に展開しています。「MBO」と「CDP」の連動により、個人の意志・意欲を尊重し、個人の成長を会社の成長につなげることをめざしています。内的キャリアを重視した当社のキャリア開発施策は、目標による管理(MBO)を中心とした「職におけるキャリア開発」と、それを下支えする「キャリア開発支援プログラム(CDP)」及び「教育(Off-JT)」により構成されています。当社は、日々の仕事を行う職場をキャリア開発の中心と捉え、「日々の仕事を通じた成長」を重視しています。本人と上司は、目標管理制度での『目標管理面談(短期的な仕事の合意・決定)』と『キャリア面談(中長期的な視点での本人と上司間での今後のキャリアプラン・育成・能力開発に関する相互理解)』を通して、個人の意志・意欲を仕事に組み込んだ形で、職場でのキャリア開発を推進します。
目標管理でのPDCAサイクルを繰り返すなかで、個人の能力が伸長し、目標のレベルが徐々に上がることで、成果も向上します。このサイクルを積み重ねていくことにより個人の成長を組織の成長に結びつけています。大事なことは、短期的な視点だけではなく、キャリア面談によって中長期の意向を本人と上司が相互に確認することで、個人の意思・意欲といった内的キャリアを現在から将来にわたって重視していることです。そのことで、個人の仕事に対する自発性や意欲の向上を図り、長期にわたる個人の成長と組織の成長の実現をめざしています。
職場におけるキャリア開発と連動し、個人のキャリア開発を直接支援するのがCDPです。「内的キャリアの自己理解」への支援を中心に、若年層から高齢層までの個人のキャリア発達およびライフステージに対応したプログラムを個人及び組織に対し展開しています。CDPの中心的なプログラムは「日立キャリア開発ワークショップ(H-CDW)」です。このワークショップでは、キャリアカウンセラー有資格者のファシリテーターのもと、様々な角度から自己分析作業を行い、内的キャリアの自己理解を深めた上でキャリアプランニングを行います。希望者は個別にキャリアカウンセリングを受けることもでき、内的キャリアの自己理解をより深めることが可能です。自分の内的キャリアの理解を深める作業は極めて個人的な作業であり、十分な時間やスペースが必要なことから、少人数の「ワークショップ」という手法にこだわり続け、毎回合宿形式で実施(1回あたりの参加者は20人程度)しています。現在、管理職任用前の係長層が年間約600~700人、部課長層は年間約100人が参加しています。
その他には、個人の意志・意欲を異動に直接反映させる「グループ公募制度」「社内FA制度」や、個人のキャリア開発上の課題への心理的援助を行う「キャリア相談室」、キャリアステージに対応した研修(新入社員・若年層・管理職・高齢者向け)、ストレスコーピング講座やコミュニケーション研修等も実施しています。さらには、働き方に対する個人の意志を尊重する(=働き方の多様性を高める)制度も整備しています。「裁量労働制度」及び「在宅勤務・サテライトオフィス勤務」の導入や、育児・介護支援を中心とした休職制度、短時間勤務制度などにより、ワーク・ライフ・マネジメントの実現も推進しています。
「個の自立・自律」という基本理念に基づき、「教育は与えられるもの」ではなく、「自ら取り組むもの」として、個人の意志・意欲を重視した「自発的能力開発サポート」を導入しています。これは、目標管理面談及びキャリア面談において本人と上長が確認した、キャリアプランや能力開発課題を踏まえて、本人が能力開発計画を自ら策定した上で、eラーニングや社内外の教育訓練機関を活用して、自発的な能力開発を行うという仕組みです。当社では、これら本人の能力開発の要望に対応した豊富な教育メニューを用意し、個人の成長を支えています。
■効 果
これまで当社はキャリア開発施策の取組を10年以上継続して行ってきました。この継続的な取組の効果としては、まず、キャリア開発に取り組む社員の姿勢の変化が挙げられます。例えばキャリア開発ワークショップの導入当初は、自分のキャリアについて考えたことがないという人や自分には必要ないと参加をネガティブに捉える人も少なくなかったのですが、最近では自分のために有意義に時間を使いたいと積極的に参加している人が殆どです。キャリア開発ワークショップ参加者の追跡調査では、キャリア開発施策が個人の「成長意欲」や「会社へのコミットメント」の向上に寄与することや、個人のキャリア開発意欲がビジネス行動にプラスに影響することが統計的に有意に確認されていることからも、キャリア開発施策が組織の成長にも寄与しているということが考えられます。
次に、職場におけるキャリア開発の実践も効果の一つとして挙げられます。最近の社員意識調査では、「面談実施」の割合が高いだけではなく、部下の育成を考えた上司の「適切な指導・助言」や上司のフィードバックによって部下が認識する「自分の強み・改善点の認識」の平均点が上昇しています。これは上司や本人が様々なキャリア開発施策を通してキャリア開発への理解を深め、面談等に意識的に取り組んでいる結果といえます。また、「職場で自由な意見が言える」といった項目についても平均点が上昇しており、個(多様性)を尊重したキャリア開発の実践が職場風土の醸成に寄与していることが分かります。
■課 題
まず、現在の取組の継続実施です。キャリア開発は、企業の理念、働くことや生き方、仕事や組織との関係をどう捉えるかなど、社員一人ひとりの価値観に関わることです。そのため、支援のあり方として、一人ひとりに地道に働きかけていくことが必要で、それには多くの時間を要します。今後についても、キャリア支援に対する基本的な考え方を大事にしつつ、運用方法や内容のブラッシュアップだけでなく、新しい取組にも挑戦しながら継続的に実施していくことが不可欠であると考えています。
また、グローバル事業の展開が加速する中では、今以上の「適材適所」の人財活用が重要視されてきます。これを実現するためには、個人も自分が何をやりたいのかを明確に発信できるキャリア自覚の高い人財であることがより一層求められますので、この点からも内的キャリアを重視した継続的な取組が重要だと考えています。さらには、今後の少子高齢化やエイジフリー社会の到来を踏まえて、年齢に関係なく多様な人財がいきいきと働く仕組み作りや風土醸成に貢献していきたいと考えています。出典 日立製作所(厚労省)untitled
キャリアコンサルタント養成講座をご指導いただいた横山哲夫先生には多くの著者がありますが、今回はその中から「個立の時代の人材育成」-多様・異質・異能が組織を伸ばす-の核となるところを紹介したいと思います。
今回は引き続き「個立の時代の人材育成」からの紹介です。
社内的に通称”ヤング”CD会議といわれるCDM②の主たる対象者は毎年、アセスメントの高さによっていくつかのカテゴリーに分類された上で個別に討議の対象とされる。課長以下の100名に近い若年社員である。この他に同一ジョプに在職年数が五年を上まわる者についても、その是非をめぐって討議される。会議の出席者は人事担当役員の他、主要ライン(部長・支店長)を合わせた数十名の大合宿(昼夜二日間)である。
比較的中高年者の多いCDM①の対象者とは異なり、一部20代を含む、30代中心の若手を対象とするこの会議では、中・長期の将来性予測と、重点的育成プランの討議に焦点が移る。しかし、一人ひとりについて、上司としての部長・支店長の原案を皮切りに、出席者のコメントや修正案が交換されるすすめ方はCDM①と変わらない。担当役員が直接意見を述べる機会が減じてくるのはやむを得ないが、その熱心に耳を傾け、メモをとる姿は毎年印象的である。部長・支店長同士はお互いに有用のロ出しが多く、評価やローテーション・プランなどの討議は活発である。実はこれにはそれなりの背景がある。まず、部長・支店長の中にはキャリア開発委員会(略称CDC―後述)の面接委員としての経験者、現位者が多く含まれていることである。つまりCDC面接を通じて、他系列の対象者をかなりよく把握している場合が少なくないのである。また、役員同様、自分自身がCDPによるローテーションによって、他部門の若手スタッフと共働体験を持つ者が大部分であることも会議を活性化させる要因となっている。つまり、自分の直接の部下はいうまでもなく、他系列、他部門の若手についても、”育成の目”で見ることを体で学んできているのである(人材育成には速効薬のないことをつくづくと思う。しかし、いくつかの制度の連動による相乗効果は期待できる。つまり、”合わせわざ”である。合わせわざが効果を発揮するまでは時間と忍耐が必要なのである。実務家の読者は百も承知と思われるが……)。
対象者に対する育成プラン(口―テーション、育成的出向、留学援助、語学特訓など)は、ライン提案に、出席者の異論がなければ、そのまま基本的に承認される。翌年以降、そのプランは再度検討され、もしその間に予定された異動その他の育成プランがあれば、それが実施されたか否かを当ラインの長は会議(CDM)で報告しなくてはならない。
総じて、部長・支店長のレベルでも、人材育成は人事部教育担当者の仕事であるよりはライン管理者の責任でもあり、権限でもあるとの意識はかなり高くなったといえよう。
その他、両CDMにみられるM社の特徴は、①評価も異動も長期的な継続プロセスの中の一年の視点で捉えられていること、②育成は個別(立)が基調であり、年功・年齢・学歴など集団的序列基準への配慮はあまり意味を持たないこと、③CD会議の場そのものが、個別ケースについて総合的でオープンな調整の場にされていること(調整には休憩時間などでの根まわしや、じか取引なども含ませて一向に差し支えない。要は、よい育成プランができることである)、④ トップ、ラインを主役に立て、人事関係者は黒子に徹する場合が多いこと、などである。
キャリア開発委員会
M社トップは人材育成を全社的に統合、促進するために委員会を常設することが必要であると考えた。その委員会は、人事担当役員を含め、トップが任命する役員(ラインマネジメント)によって構成すべきであると考えた。20年も前のことである。保守的な日本の会社の人事部の過剰統制による弊害を、M社トップは充分に認識していた。人材育成の名の下に人事部を強化し、ライン対人事部の対立の図式をつくってはならないと考えたのであろう。この考えは、前述のCD会議のあり方によってすでに明らかにされているが、人材の早期確認と異動プランの勧告を主務とする委員会の構成についても、同様の考えを貫こうとしたものである。このことは、かねてから、個別人事に対する介入に疑間を抱きつつ、ライン間異動の円滑化に苦しんでいた人事部門責任者に強力な支持体制を提供することとなった。トップに対するコーポレイト・スタッフとして、戦略人事の立場に徹しようと念願していた人事部門責任者の見解とベクトルの一致をみたわけである。
数名の役員を以て構成するキャリア開発委員会(図9参照)はこのようにして誕生した。委員長には人事担当役員、事務局の人事(教育)部長と専任のコーディネーターが任命された。現在、委員会は採用面接の最終決定への参加、部門間異動の勧告を含め、その責任範囲はかなりの広さに及んでいる。当初は採否や異動のプランをめぐり(とくに、後述の将来性評価をめぐって)、ラインと委員会間の意見調整に人事スタッフが苦心する場面も少なくなかったが、経験を重ねるにつれて個々の評価や育成プランについての一致度が高まってきた。部門間異動についてもCD会議の結論による基本線に沿って、ラインとCDCの合意が成立しやすくなった(CDCはラインによる構成であることをお忘れなく)。同一のラインの長が二つの帽子(CDC委員とラインの長)をかぶり続けているうちに、全社的見地からの育成を考える姿勢を身につける。委員をつとめること自体がラインの長自身を育成する結果になることがきわめて重要である。
委員会面接
時間・労力とユニークさにおいて、特筆に値すると思われるCDCの活動は、委員二名による社員の個別面接が常時行なわれることであろう。委員会は正規委員の他に、面接専門委員の増員をトップに進言して認められ、現在の常務以上を除く五名の取締役(正規委員)と8名の部長(面接専門委員)の合計13名が面接活動に当たっている。現社長、副社長が共に、部長の時代から、CDC委員を勤めてきた事実そのものが、この委員会が人材育成に果たしてきた役割を物語っている。
面接の直接目的は、社員との個別面接によるキャリア・ガイダンスとキャリア・アセスメントにある。厳密にはガイダンスとアセスメントの両立はむずかしい面もあるが、面接する側も、される側も、この面接に期待されるパフォーマンスを心得てきており、実際上の問題は少ない。個別に複雑な、または心理的な要因が含まれる場合には、別途、キャリコンサルタントによる非公式な相談面接が受けられる仕組みにもなっている。この場合は公式な評価やアセスメントは伴わない。キャリア・プラン中心の「社員相談室」と考えればよい。
(つづく)平林良人